033 転機
ファドラーンは普通に商人が客を案内するように振る舞い、私は明らかに廻りの人々とは違う顔立ちを隠しては居なかったので、何処まで行っても私達が彼等クァーナ人の監視から外れる事は無かった。
彼等が私の顔立ち故に私達を監視しているのか、アルマンスール家の隊商だからなのかは判らなかったけれど。
いつの間にか近くに居た他の仲間達が姿を消し、私とファドラーンだけになってもクァーナ人の監視は続いていて、いくら鈍感な私でも流石に見当が付いてしまった。
「私を彼等の囮にしたでしょ」
「……助かったよ。餌が良いから食い付きも良くてね」
相変わらず品定めをしているような風情でファドラーンに囁いたが、にっこりとそう微笑まれてしまっては文句も言えなくて、あきらめの溜め息をつく以外には無かった。
そして、もうしばらくして気が付くとバラバラになっていた筈の者達も戻って来ている。
皆それぞれの用事を済ませて来たのだろう、手に荷物を持っている者が殆どだ。
「……そろそろ戻ろうか」
尤も、涼しい顔でそう言ったラウドラチャクリンは手ぶらのままだったが。
宿に戻ると、アルマ家の得意客からの使いだという者が待っている、とそこの主が声を掛けて来た。
目立たないように見回せば、既に宿の廻りにはクァーナ人も居なくなっている。
私達が宿に戻るのを確認すると、彼等は何処へとも無く姿を消していったみたい。
もっとも何処かから監視は続けているのだろうけど。
「ようやく来たね、同席してくれるかい?イェライシャ」
ラウドラチャクリンに促されるまま社交室へと足を踏み入れる。
……といってもフロントからはひと続きの間で客の入り具合はすぐ判るわ。
そして、私の先に立つラウドラチャクリンには、案内される前から目的が判っているらしい。
その先、最奥のテーブルには、如何にもバーラート風の顔立ちにかの地の衣装を纏った男が座っている。
寛いでいるように見えるその男の、この地域の気候にはあまり対応していないその衣装は何処にいてもとても目立つものだったが、彼等のある種意地や地位を誇示する為のものであるらしいとは以前に学んでいた。
私の故国ユグドラセアを訪れるバーラートの民も、皆一様にそれぞれの一族が属する紋様を織り込んだ民族衣装で身を包んでいたから。
でも、ちょっと待って。
私はバーラートからは逃げ出して来た、といっても良い程の事情を抱えているのに、無防備なままその国の人に会っても良いのかしら?
シュヴァーゼの藩王が私を手配していたら……?
犯罪者か、逃亡した奴隷のように……?
疑問一杯の顔でファドラーンとラウドラチャクリンを見遣ったが、二人の表情には不安そうなものは何も見当たらない。
「随分お待たせしましたか?」
ファドラーンの声に応じて立ち上がった男は軽く会釈をする。
彼の豪奢な衣装や装飾品から推して貴族なのだろう身分からすれば、目下の筈の商人にそんな丁寧な挨拶をするなんてどうして?
その人は私の疑問になんておかまい無しのようで、特に表情の変化も見せず皆に席を勧め、近くに控えていた自分の部下に飲み物の指図をした。
そして彼は席に着いた私を見つめる。
斜め向かいぐらいに座ったので彼の視線が明らかに私を注視している事はすぐに判ったけれど、特別な敵意もなく、また侮るような素振りもなかった。
そして手配されているのでは、という私の懸念とはかけ離れて悠然とした相手の寛いだ雰囲気に、どうやら大丈夫そうだと思いはじめてもいた。
手元に運ばれた酒杯を片手に、彼は口を開く。
「噂のご婦人とはこの方でしたか。異国の美女と聞いて我が主も大層興味を持ったようですが……第一夫人に睨まれてましてね……面白かったですよ。第一夫人から手を回した貴方がたの狙い通りですね」
「私に関わりのある事なのですか?」
ついそう口を挟んでしまうと、彼は少しばかり意外そうな表情を見せた。
「私はバーラートのジャヤル藩王家に仕える者です。今回は藩王並びに御相談役からの伝言をアルマンスールのご子息にお伝えするようにと遣わされたのですが……。御存知ではなかったのですか?貴方はいっときシュヴァーゼの主人によって手配されていたのですよ、契約違反の名目で」
「契約……違反ですって?」
「そう、貴女の父上とシュヴァーゼの藩王との間では商売上の協力を条件に貴女を第三王妃にする約束だった……それは知っておいででしょう?」
そう同意を求められてうなづいた私に、彼の瞳は笑っては居なかった。
「けれど貴女は姿を消して……それを侮辱だと怒った藩王は貴女の家族をも一時拘束していたのです」




