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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
25/110

025 背中



 言葉には出さず、背中でラウドラチャクリンが伝えたのは……今夜は帰して貰えないかも知れない……と言う、口にするには時と場所を選ぶ言葉だった。


 ついでに相手も選ぶよな、と、自分の前に座り明確な答えを得られなかった事で少々ふて腐れているイェライシャの後頭部を見つめる。

 時々うなじが覗くその首筋にそそられてしまい、密着出来るからと言う、安易で下心丸出しの理由で2人乗りにしたのを痛く後悔して……明日も一緒に出掛けるのなら馬は別々にしようと真剣に考えた。

 そのまま少しばかり重苦しく感じられる沈黙を伴って、俺達の馬は程なく王宮の正門前へと到着する。 

 

 道の幅はかなり広いものなのだが、両側にずらりと軒を並べる商店や人々のにぎわいで狭く感じられる程だ。

 天気の良い昼下がり、人出は最高だろう。


 知り合いの店に馬を預かってもらい、この界隈の商品などを見ながら散策する事にした。 ようやくイェライシャの機嫌も戻ったようで 表情もかなり柔らいでいる。

「あさってからの旅に必要なものを手に入れておかなくてもいいの?」

 特に買い物をする訳でもなく何軒かの店を冷やかした後で、並んで歩いていたらイェライシャはそう訊ねて来た。

「いつも必要な物資の調達は国境前の町でするんだよ。ルクアディナルファからの注文品やらかさばるものも多いし、なるべく身軽な方が動きやすいからね」

 その言葉をどう受け取ったのか少しばかり神妙な表情でうなづいた彼女に、立ち入り過ぎだとは自覚していたもののつい言葉を続けてしまった。


「それでもイクシールとルクアディナルファの国境から暫くは……日中でもかなり厳しい寒さで有名な土地柄だ。君の防寒用の衣服とか……身に付けるもので質の良いものはここで手に入れた方がいいと思う。一応質や種類を見ておいて、帰ったら母さんと相談するといいよ」

「……そうするわ」

 ちょっと頬を赤らめて返事をするのが妙にかわいい。


「じゃあ行こうか?」


 早速手近な衣料品を扱う店に入って、いろいろと見て廻った。

 女性の衣類なんて正直あまり詳しくは無い。肌に直接纏う物なら尚更だ。

 対応に出て来た店の女主人とイェライシャが何やらそういった物について話しはじめたので、男の俺は居心地があまり良く無い。


 如何にも手持ち無沙汰という風情で暫く他の商品を物色していると、ようやく話が済んだのかイェライシャが戻って来た。

「どうだった?」

「ありがとう、随分待たせたでしょう?……でも聞いておいて良かったわ、ルクアやこの辺りの女性の衣装はバーラートとも随分違うようなの。私の国とはもっと大違いよ」

 少しばかり驚いているらしい彼女は、次には上目遣いで見上げて来る。


「貴方は知ってたの?」

「……まさか。自分の国の女性の服すら詳しく無いのに。ただ、気候が大分違うから……念のためにと思ったんだよ。母さんも気にしていたみたいだったし」


 母を引き合いに出すと、何とか納得してくれたらしい。

 実際……この辺りの女性の肌着を脱がせるというような色っぽい行為に及んだ事が無いから、さっぱり判らないのだ。


「次は俺の用事。付き合ってくれるだろう?」


 何種類かの衣類を頭の中の買い物リストに加えたのか、少しばかりうわのそらな彼女の手を引いて……それに抗議する気配すらない……いくつかの区画を通り過ぎた。

 この辺りは細工物を得意とする店が多く、先程の通りとは客層もかなり違う。

 それに気付いたのかイェライシャもきょろきょろと周りを見回している。

「このあたりは貴金属の加工業者が多い辺りなんだ。受け取る必要のある物があってね……それが済んだらもう今日は帰るよ。暗くなると物騒だ」

 納得したふうの彼女を連れて細い路地を幾つか曲がり、馴染みの店へと足を踏み入れた。

 いつ来ても相変わらず薄暗い店の中は、なんとも胡散臭い雰囲気を漂わせている。


「おや、こないだ来ていた伝言の予定より早いね。明日辺りかと思っていたよ。」

 店のカウンターの奥から店主の親父はちらと……一瞬だけイェライシャに視線を注ぎ、いつもと変わらぬ口調で口を開く。

 それでも言葉のわりには慌てたふうも無く、背後の戸棚から布で幾重にも包まれた荷物を取り出した。


 黙ったままそれをカウンターの上に置くと、ランプの明かりを強くして、中身を守るかのように重ねて巻き付けられていた布を丁寧にはぎ取ってゆく。

 やがてその中から現れたものは、眩い光を放つ大粒の宝石を贅沢にあしらった薬入れだった。

 更に石が室内の明かりを受けて輝くのにも負けない程に丁寧で繊細な細工がその周りを取り巻いている。


「注文通りだろう?それだけの宝石を惜し気も無く使っちまおうってんだから……石に負けるような細工じゃあ駄目だってんでウチの職人が二人掛かりで丹精したんだ。……どうだい?」

「ああ、これなら大丈夫だろう。石の向きも揃えたんだな?」

 当然のように尋ねると店主は胸を張って答えた。

「勿論さ、それが出来てなきゃこの石を使う意味が無いんだろう?」


「……確かに」


 それを手に取って、光に透かしながら光の当たる方向を変えてみる。

 明るく輝く菫色の石のその色がある一点から視ると、一斉に無色透明な光を放つのを確認する。

 同じように動かしてイェライシャにも確かめさせると、彼女はかなり驚いたふうに声を上げた。


「どうして?真上から見ると綺麗な菫色の青い石なの…に…こちら側から見るとまるっきり透明じゃない?」

「それがこの石の特徴なんだ。バーラートの一地方の特産の石でね、菫青石、コーディアライト……と呼ばれている。昔、霧や天候のよくない航海の時には、この石で作った薄い板を使って太陽の位置を確認して船を操っていた……なんて部族も有ったそうだ。羅針盤の石……とも言うんだそうだよ」

「そんな石も有るのね……初めて知ったわ。貴方達はこんな珍しくて高価なものも商うの?」

「状況により……だよ。こう言ったものは利益が大きいものの、客を選ぶから……親父はあまり好まないが、ご婦人には受けがいいしね。きっかけを作るにはいいんだ。現にこれもジャヤルの藩王からルクアディナルファの大貴族の奥方への贈り物なんだよ」


 そんじょそこらの石や細工では、目の肥えた人物の歓心を買う事は難しい。


 薬入れを再び包み直してもらいながら、ついでのように懐から拳大の大きさの包みを取り出すと店主の前で広げた。

 隣から覗き込んでいたらしいイェライシャが、瞬間息をのむのを感じる。

 鳩の血の色……と表現される赤い石がその視線を受け止めて一際輝いている。

 うっとりしたように囁いた彼女の声に改めてこういった石の……威力を認識した。


「凄い……わね。こんなに透明なそれを見るのは初めてよ」

「大きさもね。これはまだ加工は決まっていないんだが……持ち歩くのも物騒だから預けておくよ」

 正直に言うなら、これはここいらの職人達を手なづけておく為の餌のようなものだ。

 ラウドラチャクリンから預かったそれを思いきり良く店主の前に置くと、薬入れの包みを受け取り、イェライシャとともに店を出た。

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