024 同行
昼食の後、約束していた外出の為に厩に面した中庭でファドラーンを待っていた私は、ラウドラチャクリンとファドラーンの2人がそろって屋敷から出て来たのを見て、正直複雑な気分になった。
仲良し兄弟なのは良いわよ?けれどデートにも父兄同伴ですか?
……ってゆーか何処の箱入りお坊っちゃんですか貴方は。
自分でも良く訳の判らない突っ込みを胸の内で入れ、そしてもやもやした感情を持て余しながら2人がその視界に私を捉えるのを見守った。
2人の表情は……相変わらず何を考えているのか読み取りにくいラウドラチャクリンと、少しばかり仏頂面のファドラーン。
けれど私を見つけたのだろうか、その曇った表情がさっと、一瞬で笑顔に変わる。
それがまぶしく感じられ、あぁ……私はこの人の事を相当気に入っているのだと改めて自覚してしまった。
ラウドラチャクリンは相変わらずで、視線を私に向け口の端を軽く上げて見せるとそのまま馬屋へと入って行ってしまう。
隣に来て立ち止まったファドラーンに視線で問いかけると、少しばかり複雑な口調で返事があった。
「あいつとは途中まで一緒に行く事になると思うんだけれど、あまり気にしないでくれるかな?」
「何を気にするって言うのよ?」
「うん……まあ、いろいろとね」
歯切れの悪い返事をいぶかしみつつも馬に鞍を置き、ラウドラチャクリンは彼の愛馬ヴァージャで、私とファドラーンは相乗りで彼の馬に跨がった。
夕食前には戻る予定だし、そんなに遠出をするつもりも無いのだろうと見当を付けると、2人の乗った馬が店の前の通りを抜けて大通りに出た所で、ごそごそと地図を取り出す。
お昼前にイスナード殿から借りた地図を忘れずに持って来たのよ。
きょろきょろと辺りの建物を見回して……その隙間から覗く王宮のミナレットを見付けると、手元の地図を回転させて方角を合わせる。
「これで良いかしら?何処まで行くの、ファド?」
「あ、うん……と、こっちを経由して王宮へ行こうかと思ってる。王宮の前のバザールが一番大きいからね」
地図の上を少し迷うように彼の指が動き、最終的には王宮へと行き着いた。
途中でファドラーンの指が……動揺したかのように……迷った辺りの行程が掴めなくて聞きただそうとして、斜め後ろへと首を廻し、至近距離で彼の頬に自分の鼻を当ててしまいそうになった。
しまった、相乗りだったって事をうっかり忘れていたわ。
背後から私を覆うかのような彼の体温を感じているのに、それに違和感を抱けないくらいに彼が常に身近に居ると言う事が当たり前になってしまっていたのだ。
「……何?今ここで返事をくれるの?」
「……ちっ違うわよっ。ちょっとうっかりしていただけなの」
何だか嬉しそうなファドラーンの言葉に……売り言葉に何とやら……力強く否定してしまってから過去の発言を思い返す。
確かに私が以前口にした言葉だけど、本当になんて大胆な事を言ってしまったのだろうと、気恥ずかしさに今さらながら真っ赤になるのを止められないわ。
「なぁんだ、残念」
しれっと肩をすくめるファドラーンを赤いままの頬で睨み付けると、背後から畳み掛けるようにラウドラチャクリンの声がする。
「……そこで仲良くわたしに当て付けるんなら、わたしは別の道を行く事にするが?」
「何それっ!」
この状況を明らかに面白がって居そうなラウドラチャクリンの言葉につい語気が荒いのは、照れてしまっているからだとちゃんと心では把握している。
けれど素直になれないまま態度に出てしまうの。
自分の事を意地っ張りだと思っては居なかったが……でもまだファドラーンの言う「本当の返事」は返せない。
まだ……自分自身にすらこの先の自分というヴィジョンを思い描いてやる事が出来ずに居るのに、どうやって返事が出来ると言うのだろう。
「ラウ……お前が一人できちんとケサルの所へ行って、用事を済ませて来てくれるんなら別行動は大歓迎なんだがね」
「あそこは色々と煩わしいんだ。出来れば行きたく無いんだが……」
ちょっと困ったような溜め息混じりのファドラーンの言葉に、珍しく嫌そうな表情でラウドラチャクリンが返事を返す。
「仕方ないだろう。彼はあそこからはあまり出歩きたがらないし、お前さんをご指名なんだから……こっちの仕事が滞るのも困るから付き合っているんだよ?そうでなければ昼間とは言え御婦人を連れてあんな所へは行きたく無いな」
「……そんな所へわたしを放り込むのは平気なのか?」
ため息をついて恨めしそうにファドラーンを見遣るラウドラチャクリンは、まるで駄々を捏ねているようにも見える。
「ケサルの所の者達は何時だってあんたを大歓迎してくれるんだから、良いんじゃないのか」
言い募るラウドラチャクリンにあっさりと言葉を切り返して、ファドラーンは再び馬を進めはじめた。
諦めたのか黙ってラウドラチャクリンもその後に続く。
暫く規則正しい馬の揺れに身を任せ、単調な歩速と2人乗りの気易さから……一人乗りでうたた寝なんて落馬したいと言ってるようなものだし……少しばかり眠くなりかけた所でファドラーンに肩を突つかれ、周りの街の雰囲気が少し、奇妙であるのに気付いた。
昼の光で視ると、少しばかり色のあせた装飾の施された看板の掛かった建物はきちんと戸締まりがされ、留守のようにも見える。
けれどこの通りの店が殆どそんな感じで店じまいされた状態であるのを見て、流石に気が付いた。
この辺りの店は他の通りの昼間に商いをする店とは違い、夜に開くのだ。
つまり……娼館とか、夜の商売を主とする一角なのだと。
「昼間でも、一人でこの辺りには近寄らないこと。理由は言わなくても判るね?君に無用なトラブルに巻き込まれて欲しくは無いからね」
耳元で念を押すようなファドラーンの言葉に神妙にうなづきながらも、耳元をかすめた彼の吐息にちょっと鼓動が早くなってしまったのは、黙っておく。
「でも、この辺りなの?ラウが用事のある人って」
「ケサルは……ここら辺りでは結構ランクの高い娼館の主人なんだ。昔なじみと言うのか……喧嘩友達ってやつかな」
真っ昼間という時間を考慮してもかなり如何わしい場所への立ち入りに、無意識に植え付けられてしまっている信仰上の潔癖感からか、私の声はかなり堅い口調だったろうと思う。
けれどそんなそんな口調にはお構い無しでファドラーンは再び黙々と馬を歩ませ、勿論いくらか仏頂面のラウドラチャクリンがそれに続くのだが、じきに構えの大きな建物の前に馬を止めた。
確かにそこは今まで通り過ぎて来た建物とはかなり違うしっかりとした造りで、高級感すら漂っている。
夜の帳が降りる頃にはひときわ華やかに明かりが灯され、着飾った美しい女性達が客をもてなすのだろうか。
そんな事を考えながら建物を見上げていると、二階の端の窓に人影らしき動きを見つけた。
……どうやらずっと開け放たれていたらしいその窓からひょいと一瞬だけ人の顔が覗き、又再び室内へと隠れてしまったのだ。
「いま誰かが二階に居たわ?」
「だろうね。……じきに出迎えがくるよ」
ファドラーンに手助けされて馬から降り、見たものを告げる。
しぶしぶといったラウドラチャクリンの返事に何となくおかしくなって、唇に吾知らず微笑みが浮かんでしまう。
「イェライシャ……面白がってるね?」
「貴方のそんな顔見たの初めてかも知れないのだもの……いけなかった?」
「まぁ……君の好きにすれば良い」
諦めたような声音でラウドラチャクリンはそう答えると馬から降りて、少しばかり重たい音で開いた扉の方へと向き直った。
「よう、相変わらずの仏頂面だな。お供連れとは大層な身分だ……おや、美しいご婦人も一緒とは増々良いねぇ」
開けられた扉から出て来たのは、細身ながらがっしりとした体格の男性だった。
ケサルというのは彼の事なのかしら、歳の頃はファドラーンの父親とさほど変わらないような印象だわ。
しかし軽口を叩きながらも、男性特有の、女を品定めする時の目付きで私に近寄ろうとして来る。
まっすぐそんな視線で見つめられ、女衒と呼ばれる類いの男に一度ひどい目に遭わされかけた事を思い出してしまい……私は身が竦んで動けなくなってしまう。
「……口を慎め、彼女は我々の客だ。今日はファドがこの町を案内する事になってる、恐がらせてどうするんだ?」
途端にラウドラチャクリンが男に制止を掛けてくれたが、口調からするとどうやらこの娼館の主ははふざけていただけらしい。
ようやくそれが理解できてなんとか緊張を解こうと大きく息をし、そのせいで少しよろめいてしまった。
けれど、隣りに居たファドラーンがすかさず支えてくれる。
「ありがとう。少し前の事を思い出して動揺しちゃったみたい……ごめんなさい」
「謝る事じゃない。それに…君の嫌な思い出に配慮出来なかった俺が悪い」
心なしかファドラーンの声が堅いのは、今のこの人……ケサル…の行動を歓迎していないから?
怒っては居ないみたいだが堅い表情になってしまった彼は、私の腰の辺りに手を回したままでケサルの方へと向き直った。
「この女性は一応俺の保護下に有るので、もしも傷付けるような事が有れば、俺と手合わせ頂く事になりますよ?」
「お前さんとか?そりゃ面白いが……お前のは爺さんの太刀筋そのまんまだから、長い勝負になるだろうなァ。老骨には響く、辞退しておくよ」
にやりと笑ってケサルはそう言うと、もう一度こちらへと視線を向けて来た。
自然と身構えた私に今度彼が見せたのは、意外にも優しい笑みだった。
少し……ラウドラチャクリンが以前見せてくれた笑顔に似ている……と思ってしまったのはどうしてだろう。
「その娘が例のバーラートからの客か?今日は名前は聞かん事にするよ、事が片付いたら改めて紹介してくれ」
今度はもう少し友好的に行こう、と彼はまた笑うとラウドラチャクリンに向き直った。
「さて、用件に掛かろうか。少しばかり長引くかもしれんが……なに、疲れたらイシャーナが労ってくれるさ」
そういって館の中へと入ってゆく。
仕方無さそうな顔でその後に続いたラウドラチャクリンが振り返り、何か言いたげに口を開きかけたが……結局何も言わずに片手を挙げただけで扉の奥へと消えて行った。
「何か言いたかったのかしら」
「……まぁ……見当は付いてるよ。さ、行こう」
好奇心一杯の顔で見つめてみたがファドラーンは答えてくれる気はなかったらしい。
さっさと私を馬に上げると、いつもの颯爽とした身のこなしで背後へと跨がってしまう。そうなると問いつめようにも言葉を交わすのすら……至近距離過ぎて……どうにも上擦ってしまう。
なんとなくうやむやにされたと言う印象のまま、私達は今日のいわゆる観光へと出発したのだった。




