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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
19/110

19 誰何

 再び娘視点・・・あれ?


「……ファド、そのご婦人は?」


 困惑の混じった誰何の声。


 そして一瞬かなり鋭い瞳で見つめられ、射すくめるとはこの事ね、と思い付いた。

 かなり立派な体格をしてはいるが、初老の域にあると見受けられるファドラーンとラウドラチャクリンの父親らしき人物は、人混みの中自分の息子2人に背後を守られるような形で立つ私にそんな眼差しを向けて来た。

 明らかに部外者を警戒している目付きだわ。

 仕方ないじゃない、自らに言い聞かせる。

 私以上に大きな秘密と大きな敵を抱えているのだから、彼等は。

 ファドラーンと彼との間で少しの言葉のやり取りの後、私達は屋敷の中へと招き入れられる事になった。

 中庭のざわめきを背後に聞きながら長い年月を経た建物の回廊を巡り、通された部屋は一階の別の庭に面した応接室のようなところだった。

 家族の寛ぎの為の場ではなく、あくまで外部からの人間をもてなす為の部屋。

 カーテンを引いていない室内から、まだ夕暮れの光が残る庭に植え込まれている何種類かの植物の姿が見て取れる。   

 この屋敷の主であるファドラーンの父を先頭に、私、ファドラーン、そしてラウドラチャクリンとがこの部屋へと踏み込んでいた。

 「客だ」と明言したファドラーンの言葉を受けてか、ファドラーンの父は私に上座にあるソファを示してくれる。

 無言でその座を示され、「有難う」とだけ答えて私はそのソファに腰をおろした。

 上等で座り心地の良いそれは、長い間の馬上で強張ってしまっていた身体には柔らか過ぎて……だらしなく見られない様にと、慌てて背筋をピンと伸ばしてみる。

 そんな事に気を取られているうちに、他の三人も思い思いの座を占め、相手の出方を伺う様に視線を交差させていた。


 しばしの沈黙の後、それを破ったのは意外にもラウドラチャクリンだったわ。


「彼女の名前はセシリア・イェライシャ・グレンフォード嬢。ユグドラセアの貴族の出で、ルクアディナルファ迄行く途中だそうだ。我々とは……バーラートとイクシールの国境の宿場でたまたま出会って……お困りのようだったので、同行を申し出たんだ。そうだな、ファドラーン?」

 そう大雑把に事態を説明するとファドラーンへと話を振った。

「……そうです。俺の責任で」

 多くは語らず、彼はそれだけを言うと心なしか胸を反らして姿勢を正した。

 視線はまっすぐ父親に向けられている。

「俺たちが次にルクアへ出発する迄の二日間は、こちらの屋敷に滞在して頂こうと思っていますが……よろしいでしょうか?」

 続けてそうファドラーンに問われた父親は、何故だか瞬間視線をラウドラチャクリンに向けた。

 問いたげな、それともラウの反応を伺うようなその態度に、親子だと謳っている彼等の関係に何かしら違和感を感じる。

 しかし、ラウはその問うような視線を何食わぬ顔で無視したの。

 それによって、つまり、決断を下すのは父親の役目だと暗に示唆した事になるのね。

 その態度をうけてようやく自分で決める事にしたのか、彼は、私を向いて口を開いた。

「客室は空いているから構わんのですが、町の宿程行き届いた対応は出来ません。それでもよろしいですか?」

「もちろん……構いません。宜しければご厄介になりたいと思いますわ」

今の自分に出来る事はラウドラチャクリンが紹介してくれた通りの貴族の娘を演じ切る事だと自分に言い聞かせ、なるべく鷹揚に微笑んでそう言葉を紡ぐ。


 結局ファドラーンの父親は客の滞在を渋々ながら認めてくれる事にしたようで、私はファドラーンに先導されて二階にあるという客室へと向かった。

 多くはない荷物の大半も彼が運んでくれていて、しなくてもいいと言ったのに本格的なお客さま扱いに少し居心地が悪くなってしまった。

 ファドラーンと離れるのが不安だったから、この屋敷への滞在を勧めてくれた彼らの言葉に甘えてしまったのだとは、流石に言えないじゃない。


「荷物を客室に入れたら降りておいで、食事を用意してあるよ」

 客室の前まで来た所で後ろからラウドラチャクリンの声が聞こえた。

 扉の幾つか先が彼の部屋らしい。既に旅装を解いたラウドラチャクリンはそのまま階下へと降りて行く。

「貴方の部屋もこの階にあるの?ファド」

 尋ねると彼は客室の扉を開きながら振り向き、微笑む。

「……あ?ラウの隣だよ」

 と廊下の角を曲がった先を示す。

「年に何日もいないんだけど、何となくキープしてあるんだよ。ラウと同じで寝る為のベッド以外はほとんど何にもない、殺風景な部屋なんだけれどね。隊商の他の仲間は……この屋敷の大部屋か、外に借りてる住居に住んでるんだ」

「ずっと旅ばかりで……落ち着く事も出来ないの?そんな生活ばかりで……辛くない?」

 笑ってそう言う彼に、立ち入った事だと自覚しながらつい口を開いてしまった。

「まぁ皆も同じだし、俺はもう慣れたよ。何処かで落ち着きたいと思った事も無い訳じゃないけれど、まだその時期ではないような気もしていたしね」

 心配そうにそう見上げた私にファドラーンはそう言って、相変わらずのからりとした笑顔を見せると室内へと促した。


 客室は一間だけのもので、造りのしっかりしたクローゼットとこじんまりしたソファとテーブル、衝立てで仕切られたその奥には大きなベッドが見渡せる。

 荷物をクローゼットの前に下ろしたファドラーンは、その室内をぐるりと見回して言った。

「あと何か……足りないものがあれば遠慮なく言ってくれ。本格的な浴室は下にあるんだが……この部屋にはグスルハネが設えてあるから、それも自由にしてくれて良いよ」

 そう言ってクローゼットの向こう側の細長い扉を示した。

 グスルハネとは簡易的なシャワールームの事だわ。

 うっかり聞き流しそうになって考え込んでしまった。

 シュヴァーゼの藩王の館にすら、それを備えた部屋は数える程しか無かったのよ。

 バーラートはこの地よりも蒸し暑い気候で、ここよりもさらに必要性の高い設備であろうと言うのに、だ。  

 建物の外観とは違う贅沢な設備に、よほど私は意外そうな顔をしていたのかしら、ファドラーンは笑いを堪えているみたい。

「ここの住人は……ってもラウが我侭なんでね、一部屋に設えるのも何箇所かに作るのも……配管の都合上同じだけのコストだったのさ。それなら皆が便利な方がいいだろう?」

「何だか……変わった話ね」

「そうかな」

 真剣にいぶかしむ表情を見せるファドラーンに、逆に笑いが込み上げて来てしまう。

 クスクス笑いを続けながら、自分が手にしていた荷物もクローゼットの前に下ろす。


 屈めていた上体を起こした所で彼に軽く抱きしめられ、咄嗟にどうしたらいいのか判らなくて、身体を強張らせてしまった。


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