016 確信
……クァーナ。
ルクアディナルファの向こう側、高地の山脈を越えた先にある新興の国だと言うことしか私は知らないの。
バーラートにいる間に付けられていた教師も大した事は教えてくれなかったし、多くを知ろうとすれば妃は政治には関わらないのが慣例だと渋られもした。
王を戴かず、幾人かの有力な指導者達に導かれているという、私にとっては体制にも名前にも今ひとつ馴染みの無い国だわ。
しかも、その国とアルマンスール家の間にどんな繋がりがあるというのかしら?
否、その名を耳にしてから目に見えて用心深くなっているということは、良好な関係ではない、ということだろうか。
……敵として?
しかし、それは余りに大きな敵ではないのかしら。
一介の商人として相対するべき者ではないだろうと思える。
では何を背負っているというの?
ふと以前、ラウドラチャクリンが何気なく口にした言葉が脳裏をよぎった。
『新興の国であるクァーナはフィルダウスの所在を得んと、年に幾人もの偵察者、探索者を送り出しているとか。もっともその多くがこの険しい山々に呑まれ…生きては還らぬと聞くが』
不意にバラバラだったパズルのピースが組み合わさった気がした。
符号がしっくりと当て嵌まる様に、これ迄の彼等の行動、言葉に納得がいってしまう。
そして問いが、隣を歩く背の高い男に対する疑問が浮かぶ。
ただそれが人込みで口にしても良い話しでは無い……とだけは流石に自制心が働いたわ。 その問いをそのまま胸にしまって私達は宿に戻った。
私が彼の素性に気が付いた事にはファドラーンは気付いているのか否か、そして、私の秘め事も彼は未だに知らぬままなの。
早く言わなくちゃ……と思ってはいるのだが、何となくタイミングが掴めなかった。
ラウドラチャクリンの時は向こうから訊ねてくれたから、驚きはしたものの話すのは却って気が楽だった。
しかし、今回は自分から彼に伝えなくてはならないのだ。その違いに改めて大きな壁を感じてしまう。
大きく息を吸い、自分にしっかりしなさいと、活を入れる。
べっ……べつに愛を告白しに行くんじゃないのよ?
ただ、これ以上彼に対して隠しておきたくない事を明らかにするだけだわ。
それに、きっとファドラーンは私の告白に怒ったりはしない。
今まで隠していた事ですこしは軽蔑されるかもしれないけれど、それでも何時迄も隠し事をしたままで居るよりは良いわ、と自分に言い聞かせた。
「……あの、ファド?昼から出発すると言う事は……今夜は野宿になるの?」
「あぁ、言ってなかったね。此所から首都迄は野宿する所も無いくらい町が多いんだ。此所と違って大きな宿では無いから、相変わらず同室で我慢して貰わないといけないんだが……どうかしたの?」
宿に戻り、出発のため荷を整えようと部屋の前で別れる時、何気なくを装ってそう彼に訊ねた。
午後からの出立と言うのはイレギュラーな気がしていたからで、もしも途中で野宿を予定しているのなら私としては都合がいいような気がしたのだ。
少しでも目立たないように彼と話す時間が取れればよかったのだから。
「い、いいえ……別に。只……貴方に聞いておいてほしい事があるの、今夜の宿で少し……時間をくれる?」
いつも通りの優しい返事と、そのままの口調で問われ、我ながら情けない事に声が上擦った。
そんな私の態度をどう解釈したのか、ちょっと神妙な表情をして無言でうなづいたファドラーンに、私は無意識に腰を低くして頭を下げる……ユグドラセア風の淑女の挨拶……をして部屋へと引き取った。
しかし、どうにも落ち着かなくてすぐに荷を纏め、出発の為に皆がたむろしているロビーへと顔を出す。サブリーダーのミシェイルとラウドラチャクリンが、出発前の荷のチェックか、打ち合わせの為だろうか少し厳しい表情で立っていた。
それでも私に気付いたミシェイルがにっこりと微笑み、応じてラウドラチャクリンも厳しい表情を少しだけ引っ込めると私の方へと視線を向けた。
「どうでした?ジリの街は」
ミシェイルの問いに観光客らしく、見たままの印象を語る。
バーラートの混沌とした街から見れば、大分落ち着いた、整った街の様子だとか、人々の様子も。
そしてガーシュの店での事を話そうか、どうしようかと束の間逡巡した。
それを話してしまえば、私が彼等の事を把握したと、彼等が何者で何の為に活動しているのか……(恐らくはラウやファドラーン以下彼等はフィルダウスの民なのではないかしら。そして自分達の国を守る為にクァーナの探索者を狩り出す任にあたっているのでは?)と告げるのに等しい、と気付いた。
自分達の秘密に気付いた者を彼等がどうするのか、そこ迄考えていなかった私は、不意に自分の身の危険を案じて口をつぐんでしまった。
心の中では彼等が私に危害を加える筈が無いと思いながらも、不安は去らなかったの。
「首都のツァイデアルもこんな感じの街なのかしら?」
素知らぬ風でそう話題を振るとミシェイルが口を開いた。
「規模は違いますが……雰囲気はこんなものでしょうかね?」
「そうだな、もう少し各階層の地域差が出るくらいだな」
「階層?」
話を振られたラウドラチャクリンが穏やかな表情で口にした知らない言葉に、ついそう聞き返していた。
「ファドは何も説明しなかったのか?この国はバーラートよりももう少し少ないものの……はっきりとした身分制度が在るんだよ。もうずっと昔からの事だが……部族単位、職の業種単位毎にそういうしがらみに縛られているのさ」
言外に今日は何をしていたの?とラウドラチャクリンに仄めかされ、何だか少しからかわれたのだと悟って頬が赤くなった。
「商売繁盛の寺院があるからって、連れて行ってもらったのよ。ガーシュって人のお店に行って、それからこの街の名産品のお店とか……」
「おやおや……?」
「完璧デートコースですね」
ふざけた様に眉を動かしたラウドラチャクリンと、にやりと口を開いたミシェイルに、どう言い返そうかと肩を怒らせた所へファドラーンがやって来た。
どうやら外で馬の積み荷を確認していたらしく、手にはいつもの書き付けの束を持っている。
「外の準備は整っていますよ、おや……何かあったんですか?そうだ、イェライシャ、ガーシュの店での事は話した?」
「え?いいえ。……何か変わった事が在ったかしら?」
つい、そう何気ない口調で返事をしてしまった。
「デートコースじゃなかったんですか?」
ミシェイルがからかうのにファドラーンは、ちょっと慌てながらも何かしら意味在りげな目配せで応じた。
「後で話すよ」
それを受けて、何を思ったのかミシェイルも少し真面目な表情を見せる。
そしてその様子に、私は自分の直感が正しかったのだと確信を深めずには居られなかった。




