015 疑義
それから数日……通過する街々が日々大きくなってゆくのを見て、この王国……イクシールの中心部へと近付きつつあるのを実感していた私にファドラーンが言った。
「今夜泊まる街はこの国でも第二の都市なんだ。首都のツァイデアル迄は後二日だが……見物したければ一日ゆっくりして行かないか?」
予定の行程をこなそうと規則正しい歩調で歩む馬の背から、のんびりした口調で話す相手を私は軽く横目で睨んでみせる。
「……私を物見遊山の御気楽な旅行者だと決めつけているのね。首都で二日居ると言ったのは貴方でしょ?首都のツァイデアルを案内して下されば、私は充分よ。それに……ラウは早くルクアディナルファに行きたがっておられるのでしょう?私の身勝手な理由で行程を変更させる気はないわよ?」
そう言って、少し後ろで同じく馬に揺られたままのラウドラチャクリンを伺って見せた。 彼は私達の会話に気付いていないのだろう、隣に並んだ男と世間話のような風情で言葉を交わしている。
ファドラーンが妙な顔つきになって私を見ているのに気付いたのは、そのラウドラチャクリンを見ていた瞳をファドラーンに戻した時だった。
「……妬いた?」
探るようでくすぐったいファドラーンの視線に、少しばかりからかってみたくなって……咄嗟にだけれどにっこりととびきりの笑顔を向けてみる。
「なっ……!べ、別にっ」
頬を上気させつつも慌てていつもの表情に戻ったファドラーンは、それでもちらちらと……時折私の方へと視線を向けてくる。
ラウドラチャクリンに私の隠し事を看破された夜に染めた髪が、マントのフードから覗いているのを感じて自分でも何となくその違和感にため息をついてしまった。
あの夜、入浴のついでに思い切って染めて……ずっと黒っぽく色の変わった私の髪を見たときの、何とも言えない残念そうな表情になったファドラーンの反応が面白かったのを思い出した。
……彼が髪の色だけで私に惹かれていたのなら、悔しいけれど。
それでもこの隊商の皆の反応、対応は以前と変わらなかった。その乱れの無い行動が却って彼等の素性を臭わせる。
只の商人では無い、そんなことはとっくに判ってる。
……では一体?
剣の扱いに慣れ、集団でも乱れの無いその動き。何処かの私兵か、軍……?
その考えに至ってぎくりとする一方、それも今ひとつ違うような気がした。
仮にこの隊の指揮官、と言うならファドラーンかその弟を名乗るラウドラチャクリンなのだろうが、2人には私の記憶にあるような、或いは想像しているような軍人らしさは無い。
戦闘経験が無い訳ではないのは先日の野盗の襲撃で判ってはいるけれど、正規の軍人ではないのかしら。
馬の背に揺られながらつらつらとそんな事ばかりを考えている間に、その日の目的地であるイクシール第二の都市ジリに到着した。
定宿にしていると言う古い構えの中流の宿に入ったのは日が沈んで大分経った頃で、食堂も兼ねる社交室では食事をする者よりも酒の入った杯を掲げる者の方が多く見受けられる。
早速商家としての手配に掛かるファドラーンとミシェイルに感心しつつ、勧められて私は他の仲間達と先に食事を済ませることにした。
結局、このジリの街では、この一晩と次の日の午前中滞在する事になったらしい。
この地で受け渡しの予定のある荷が、まだ届いていなかったのだとか。
宿で商談の相手を待つと言うラウドラチャクリンを残し、次の日ファドラーンは私をジリの街の観光に連れ出してくれた。
本当は商談の相手と内容にとても興味があったのだけれど、あまり首を突っ込んで迷惑になってもいけないし、とファドラーンの誘いに乗る事したの。
このイクシールという王国は現在の私の故国の様な統一された様式の宗教を持たず、地域、部族、その他季節に拠って違う神を奉るのだと言う。
一見古風な、そして生活に密着した形態の世界観の中で生活している国のようね。
観光のついでも兼ねて、この地の数ある寺院の中の一つに向かうとファドラーンは言った。
ちょっと彼等には不似合いな気がして、そう言うと彼はにやりと笑う。
「商人たる者、金儲けには敏感にならなきゃならん。とは親父の言だが、ここイクシールには金儲けの神様ってのがあるんだよ」
その言葉につられて大分私も笑ってしまったが、その寺院の門を潜る時には2人ともが神妙な表情を装って、一般の参拝者へと紛れ込んだ。
堂に入った仕草で礼拝をするファドラーンに倣い、見よう見まねでその場をしのぐ。
その後はその寺院の境内にある茶店で少し休憩を取る事にしたのだけれど。
「おや、ファド!久しぶりだなぁ、何だようやく嫁さん貰ったのか⁈」
知り合いらしいそこの主人は砕けた態度で、いかにも下町のおやじさんと言った風情。
ただ、話し好きなのか好奇心が強いのか、私を見つめる視線がかなりくすぐったい。
「お前さんにゃ勿体ない別嬪さんだなぁ」
「おいおいガーシュ……勘弁してくれよ。彼女はルクア迄同行するお客なんだ。あっちへ届ける約束なんだよ」
「なぁんだ、旅行者か。随分と珍しいじゃないか、あんた達が客を請けるなんて」
妙に赤い顔で否定するファドラーンに、からかっていたのだと判るガーシュの返事。
「……まあね。美人だから」
そっけなくそれに応じたファドラーンの態度は少しぎこちなくて、ちょっと居心地が悪い。
けれどその後に続く冗談混じりの会話に、一緒になってひとしきり笑いあった。
「そう言えば、あんたの弟さん何て名前だったっけか?」
暫く世間話をした後、ガーシュの何気ない質問につい私が口を開きそうになったのを、素早くファドラーンが遮る。
「どうしてだい?……なにかあったのか?」
笑顔は変わらなかったが、今までとは違って慎重に言葉を選んでいるのは私にも判る。
「いや……な、大分前になるがクァーナの商人か何かに……イクシールとルクアの間で信用出来る堅い商売をしている商人を教えてくれと言われてなぁ。あんたんちなら間違いなかろうと……他の二、三軒と一緒に名前を挙げたんだ。そしたら店主の名をと訊ねられて……あんたの名前はすぐ出て来たんだが、確か一緒にやってたのは弟さんだったよなぁと」
頭をひねるガーシュにファドラーンの代わりに口を開いた。わざとふざけたような軽い感じで。
「結局は名前を思い出せなくて、言わなかったのね?」
「……そうなんだよ。兄弟なのにあんまり似ていないって評判の所だろうって聞かれたんだが」
面目なさそうに店主は顔をしかめた。客の名前は覚えていて当然の筈のこの商売なのに……と、その表情が言う。
「大した事じゃないさ、ガーシュ。それにウチの親父はクァーナ人はあまり好きじゃないから、奴ら相手の商売ならご免だよ」
「それならいいんだ、……それにしても……」
まだ首を捻っているふうの彼にファドラーンが付け足した。
「今度来る時は弟も連れて来るよ。それ迄には名前を思い出しておいてくれよ?」
「……おいおい、教えておいてくれよ」
「冗談。薄情な店主だからな、自分で思い出せよ」
ふざけ半分、それでも結局店主には弟の名を告げないままファドラーンは彼の店を後にした。
その後も如何にも客を観光案内に連れ歩いている、と言う感じで何軒かの店を案内してくれたが、店に入る時、そして出る時……と、何気ないふうを装いつつも通りをいく人々を観察しているのには私だって気付いていた。
この人は何に気をつけて警戒しているのだろう、と当のファドラーンの傍らで考えてみた。
明らかに先程ガーシュの店での会話以来だわ。
でも、あの時の会話に出て来た具体的な名は只一つしかない。




