014 露呈
「……シュヴァーゼの未来の王妃さま?」
まさか、この期に及んでその名を聞くとは思っても居なくて、油断していたのね。
「知って……いた……の?もしかしたら私が、追われているかもしれないって事も?」
声がかすれてしまうのは緊張の所為かしら。
「……わたしはね。隊の中にはシュヴァーゼ藩王家に詳しい者も居るから……気付いている者も居るかもしれないが、リーダーであるファドラーンが同行を許可した上は余計な事は言わんよ」
ラウドラチャクリンのこの言葉で私はサブリーダーのミシェイルさんを思い浮かべていた。
確かに、彼はよく私を隠す盾として立っていてくれる事があったわ。
ふざけているのでも、脅すようでもない、いつも通りの穏やかなラウドラチャクリンの声に思わず聞き返していた。
「じゃあ……ファドラーン……も?」
なんとか絞り出した声も、情けない事に語尾が震えている。
しかし、彼は私の問いにははっきりした答えを返してはくれなかった。むしろ彼も首を傾げているよう。
「奴は……どうかな、かなり世俗っぽい噂には疎いんだろうな。気付いていないかもしれない、本当はそれほど鈍い男ではないんだが」
何だかいまいちフォローになっていない、他人行儀なラウドラチャクリンの物言いに引っかかるものを感じながら、ファドラーンを騙しているという現実に改めて心が痛んだ。
私の心を読んだかの様にラウドラチャクリンが言葉を続ける。
「君が訳ありなのは初めから承知の上だよ、我々はね。昨日ファドが言っていたように、あまり表に出たくないのは君と同じだし、君を人質のように扱ってシュヴァーゼの藩王に何か要求しようなんて事も思っては居ないよ」
面白がっているような口調に、流石に睨み付けてしまう。
けれど彼は急に真面目な顔付きになった。
「ファドラーンが何も知らなかったとしても、奴は自分自身のモラルに従って君をこの隊に加えたんだ。だから君が今までの事を必要以上に気に病む必要は無いだろう……が、聞かせてくれないか?何故藩王の妃になる前に逃げ出したりしたのか。噂では恋人と駆け落ちしただの……随分勝手な事が言われているようだが……本当の所は?」
「私達親子はシュヴァーゼ藩王家の……あの方の館に半年以上客として、父と姉と共に滞在していたのよ。最初あの方は姉をお望みになったのだけれど、姉には既にお披露目も済ませた婚約者がユグドラセアに居たの。それを知ったあの男は私を見ながら言ったのよ。……その顔立ちと髪の色が同じなら構わんだろう……って。」
あの時の背筋が寒くなる程の嫌悪感を思い出して、視線をおとした。怖くて声が震えてしまうのを……どうしても止められない。
「私を姉の身代わりに……?冗談じゃないわ、宮殿中の女性全てに手を付けているような……あんな太って醜悪な男。父上様も商売上の付き合いは兎も角、彼と血縁を結ぶ気はさらさら無くて……私に通行証や身分証、それに通貨屋の口座証すら用意してくれたの。出来るならこっそりユグドラセアに戻って、親類に匿ってもらう様にと。そう言って私を逃がして下さったの」
「では……何故ユグドラセアに戻らなかった?報酬次第では本国へ連れて行ってくれる船だってあっただろう?」
バーラートのシュヴァーゼ領は海に面した港町で、ユグドラセアや他の国々との交易で栄えている。その港に集まる諸国の珍しい品物がシュヴァーゼの繁栄の源だった。
そこから船に乗れば確かに故国へは帰る事が出来る……。
案ずるような、それでいて咎める口調に、ラウドラチャクリンの顔に視線を戻した。
青い瞳には確かに同情ともとれる表情が浮かんでいるのだけれど……。
その言葉に私は皮肉な微笑みを浮かべて、彼を見上げた。
「それは父と同じ殿方の意見ね。縁談から逃げて来た女なんて……国に戻っても厄介者として扱われるだけよ?あらぬ噂を立てられるだけ。……父の親類はお金やいろんなものに汚い人たちばかりだから、何故金持ちの王妃になれるのにそうしなかった……って私を責めるわ。だから逃がしてくれた父上様には感謝しているけど……戻らなくてもいい方法を探そうと思ったのよ」
「……それでフィルダウスを……か?」
消えかかった私の語尾にラウドラチャクリンの声が重なり、驚いて彼を見つめ直した。
やはりこの人は全てを察していたのだ、だとしたら今更隠しても意味は無いだろうと覚悟を決めた。
それに、この人の口調には伝説に縋ろうとしていた私を侮るような気配も無いのが印象的だわ。
「ええ、そうね……そんな事も考えたわ。伝えられているように何でも出来る人たちなのなら……私を助けてくれるかもしれないって思いもしたわ。でもね、本気でそんなありもしない伝説を探すつもりじゃなかったの。何か……確かな目的が無ければ、バーラートの汚い街角の、あの混沌とした世界に呑まれてしまいそうで、怖かったのね。だから……当ての無い旅だなんて思いたくなくて……伝説に惹かれる様に、こっちの方へと流れて来たのよ」
開き直ったかの様に全てを口にし終えると、不思議に落ち着いていた。そして、視線を向けたラウドラチャクリンも何か不思議な表情を見せている。
空を見つめるように視線を彷徨わせ、独り言の様に私の言葉を繰り返して。
「ありもしない伝説……か、そんな探し方もあるのだな」
「そんなに……変かしら?」
そう聞き返すとこれまでとは何処か違う、むしろ初めて見るような優しい笑みで彼は首を振った
「……いや。いつか、君からここでの話をファドに話してやってくれないか?どうやら……奴はまだ気付いてないような気がするからね」
「ええ、判ったわ。貴方は……まだ私の同行を認めてくれるのね?」
「言ったろう?君が訳ありなのは承知の上だよ」
心配げに訊ねた私にラウドラチャクリンは、変わらず優しい笑みで答えをくれる。
その笑みが、彼が身内だと認めた人間にしか見せないものだと知ったのはその後……本当に随分経ってからだった。




