011 波紋
少しばかり足早にアルマンスール家の隊商は、その日の目的地である小さな町へと急いだ。
その町へ入って最初に向かったのはイクシールの王国兵の詰め所だという建物。
しかし、小さなその詰め所には五、六人の兵が常駐しているだけ。
以前から頻繁に盗賊が出ると判っている地域だというのに、その規模の小ささには拍子抜けしてしまう程だわ。
ファドラーンが一行を代表して……表向き一家の長男として……彼等に賊の報告をし、捕らえた者達を幾人かその場に残して来た旨を告げる。
しかし取り調べの為の人員は、更に次の町へ行かねば手配出来ない、というあまり緊迫感の無い彼等の対応に、事情に疎い私にもようやくこの辺りで盗賊がのさばる理由が判ったような気がした。
そりゃ勿論、彼等にも言い分はあるらしかったのだが。
まだ昨日も別の隊商が襲われており、そちらの対応に人員を割いているから……と彼等は言葉を濁す。
隊商が襲われる前に盗賊の類いを捕らえる、もしくは取り締まる気が無いと言うのだろうか、つまりは。
自らの命が惜しいのかそれともただの怠慢か、私はそう勝手な推測をしつつファドラーンの陰に潜む様に立ち、夕日に照らされてゆく町の様子などを観察していた。
昼時を過ぎた辺りからそよぎはじめた風が随分強くなり、時々マントのフードがずり落ちそうになる。
どうやらこの辺りの風土の特徴らしい。
旅に出てから今迄の経験であまりこの顔立ちと髪の色が人目に付いてはいけないと痛い程学んでいた私は、長身で体格の良いファドラーンの後ろに何気なく立つと、上手い事にとても目立たない事に気付いていた。
そして時々、更に人目が多い所ではラウかアルマンスール家の誰彼かがその脇に付き、私を隠してくれている事が有るのにも……。
正直言って、彼等に隠し事をしたままの現状がだんだん辛くなってきていた。
商人という役柄からすれば当然なのだが、意外と弁の立つファドラーンの説得とその言葉の中のわずかな脅しに、一応詰め所の責任者であるらしい小太りで初老の王国兵はなんとか、というよりはしぶしぶと言った顔で街道警備の為の大隊の出動を要請する為の伝令を出してくれる事になった。
詰所の内で一番若い者が次の朝早馬で出ると決まる。
その決定を受けてようやく、アルマンスール家の隊商もその町の宿に落ち着く事が出来たのだけれど。
「ね、ねぇ……早くさっきの盗賊を捕らえる為の兵隊を連れて来て貰わなくてはならないのではありませんか?彼等は縛られたままあそこ……森の中に放置されているのよ?」
あたりは既に黄昏の色を示しはじめているし、地元の地理には詳しい筈の彼等王国兵の対応には実に釈然としないものを感じ、宿の談話室の片隅で私はそう尋ねずには居られなかった。
夜になれば森の木立の中とは言え冷え込むだろうし、辺境の森の事だもの、どんな獣が出てくるか知れたものではないと心配になっていた。
自分達を襲った盗賊達だというのに。
「おやおや、優しいお嬢さんだね。だが大丈夫だよ、とっくに彼等は逃げおおせた仲間の手によってか、自力かで脱出している事だろう。彼等への縛めはさほどきつくはしていなかった筈だ」
私の言葉に驚くでも無く、侮る風も無くファドラーンはそう応じてサブリーダーのミシェイルを見た。
視線を受けた彼も同じテーブルの向い側に座って、夕食の後の杯を傾けつつにやりと笑みを返してみせる。
その隣ではラウドラチャクリンがいつものように無口なまま、やはり酒杯を傾けていたわ。
「……だって、逃げ延びた彼等が仕返しに来たら?」
「来ないとは思うが……その時は当然、手加減はしないよ」
私が怖じ気づいている……と取ったのかファドラーンは至って穏やかな口調で、しかしきっぱりと言い切った。
迷いの無いその口調に、私は今日の昼間に見たばかりの彼等の手際を思い浮かべる。
確かにその言葉が確かな実績というのか、経験に裏打ちされたものだと言うのは理解できるわ。
でも私が気にしている事とは少し違うの。
ミシェイルが見兼ねた様に、苦笑しつつ口を開く。
「逃げおおせた事がただの幸運ではないという事を……彼等も縄の締めの甘さで……我々の意図を理解しているでしょう。わざと逃がしてやっているのだとね。あのまま、夜をあそこで迎えれば確かに獣の餌食……そして本当に王国の兵に捕らえられてしまえば、自分達と共謀して甘い汁を吸っていたこの町の兵ともども処断される……とね」
「この町の?」
「—以前からそう囁かれている。だが彼等のような雑魚は放っておいても大した事は無いんだ。……ここらで大捕り物にになって迂闊に時間を取られたり、我々……アルマンスールの名が変に町の人々の記憶に残っても困るからね」
思いがけない話に驚いたふうの私に、ミシェイルの説明を補う様にファドラーンが続けた。
けれど、私は彼等の説明に引っかかるものを感じてしまった。
「……自分達が安全ならいいの?他の旅人の事は考えないの?生き残りの盗賊はまた別の人を襲うかもしれないじゃない」
「自衛の為の手段なら幾つも有る。時間も金もかかるものだが、命を守る為には相応の代償だろう。我々は……この国の世直しの旅をしている訳じゃないんだ。それをすべきなのはこの王国の主たる王とその軍隊か、治安維持機構だろう。……もっとも大して機能しているとは言えんがね、代替わりしたばかりの若い国王だから無理も無い。まずは中央を治めるので手いっぱいだろう」
むきになった私を宥めるような口調でファドラーンは続ける。
私に向けられたものでは無い、幾らかの皮肉を含んだ言葉の意味は理解出来たわ。
しかし、自分達の安全のみを確保すれば良い、ともとれる彼等の言葉にやはり釈然としないの。




