105 朝の風景
身体の寸法を測ったのはつい昨日だというのに、侍女がふたりがかりで朝から部屋へと持ち込んで来た衣装はかなりの数になっていた。
昨日の昼間と夜、そして試着をした宴用のドレスの他に両手よりも多くの衣装がベッドの脇や廻りに並べられている。
「有り難いのは確かなんだけれど……いい加減多すぎると思うの。別に此処に住む訳じゃないんだし」
ベッドの上にも広げられた色とりどりのドレス達に居場所を奪われて、私は膝を抱えて小さくなってみる。
「あら、お気に召しませんか?久しぶりの若い娘さんの衣装直しですからアイラが張り切ってしまってね、つい多くなってしまうって言っていましたわよ」
うっかり呟いてしまった私に、その衣装を並べていた侍女が微笑んで返事をくれた。
「久しぶりって…?」
「彼女の娘さんは去年結婚して独立してしまったから、手持ち無沙汰だったのですよ。それにここじゃあ若い娘の衣装なんて下賜の装束ぐらいしか扱いませんしね」
となりからティセルがそう付け足すので、改めて私は皆をよく見つめてみた。
お屋敷勤めの女性達だから身ぎれいで楚々としているのだけれど、確かにみんな遥かに私よりも年が上だわ。ティセルにしても、ファドラーンの母上ルツィエラさんより少し若いくらいの感じだもの。
「私くらいの年の女性は此処には居ないのですか?」
「ええ、大体私たちが最年少組なのですよ、これでも。もちろん最年長はミュゼナさまなの」
ティセルのあっけらかんとした物言いに、隣の侍女は少し慌てたみたい。
「この国には年寄りしかいないとか思わないでくださいね。主人さまのご希望なのだそうですわ、落ち着いた年代の侍女で揃えたいって」
そう聞いて、ますます気が滅入ってしまった。
以前にヴァルの事を「隙がある」って表現した事があったけれど、撤回するわ。
全然隙なんて無いじゃない。
まして年配の侍女しかいない屋敷に連れてこられた若い娘なんて、噂にしてくれと言っているようなものだわ。
否応無しに注目を浴びてしまう立場なのだと改めて確認できてしまって、正直その不本意さに逃げ出してしまおうかとすら思う。
でも、それで逃げ出して、ファドラーンの事を忘れるつもりなの?
逃げ腰になった自分にそう問いかけてみるのだけれど、踏みとどまれるのかどうか。
「もしも、今夜の宴の事を気に病んでいらっしゃるのなら、大丈夫ですわ」
「ティセル?」
不意にティセルが耳元で囁くのを、見つめ返す。
少なくとも今の私が何を思い悩んでいるかを知っている、と彼女のその瞳が語っていた。
「状況もお判りにならなくて、困惑なさっておいででしょうが……主人さまは貴方を困らせようとしておられるのではないのだと思います。むしろ貴方の助力を必要としているのだと考えては頂けませんか?」
「一体何が出来るというのです?私はよそ者で、ただの娘に過ぎません。何の力も持ってはいないのに、助力だなんて」
出来る筈が無い、と続けようとして……以前自分が口にした言葉を思い出す。
私は自分に出来る事を探しているのだと、ファドラーンにはそう言った筈なのに、自分自身が何も出来ないと……むしろ自分で決めつけてしまっているのではないの?
ましてや昨日も私はファドラーンに言っていた筈だわ、随分と偉そうな事を。
そう思いめぐらす私の耳に、扉の開く音と何か話し声が届いた。居間の方からの声だと察して、そこにはファドラーンも居た筈だと思い当たる。
思い返せば彼やラズィルは既に何度も私への助力を申し出てくれているのだもの、このまま逃げ出してしまったら私は彼等を信用していなかった事になってしまうのかしら。
自分でもそう思うのは、まして他の人にそう思われるのも流石に嫌だわ。
人を待たせている、という事もあって少し慌て気味に支度を整え、隣りの居間へと顔を出す。
ソファに腰掛けていたファドラーンが私を見つめて優しい笑みを見せてくれるのが嬉しくて、やっぱり今日もがんばろうと思ってしまう自分は現金なのかしら。
「お早う、お寝坊さん。ヴァルさまが朝食を一緒にと待っていて下さるそうだから、行こうか?」
「……大変!」
さっきの話し声がその使いだったのかしらと考えながら、ヴァルが如何に早起きかを思い出して、今度こそ本当に慌ててしまった。
とは言え朝食の為の部屋へと急ぎながらも、隣りを歩くファドラーンの姿に好奇心が募る。
昨夜はラズィルさんが一緒だったから……何となくだけれど質問は控えていたのよ?
「ねぇ、貴方も此処にいる間はずっとその服……なの?」
「まあね。でもこれが俺達の仕事着だから、当然だろう」
「でも昨日のセグリエスさん達とは少し違うのね。襟飾りや肩のとか」
何となくいつもより歯切れの悪い返事をするファドを訝しみながらも、ついそう尋ねてしまっていた。
「俺は一応隊長だし、ラズィルにも副隊長という肩書きがあるからね。差は付けてあるんだ、一応ね」
「一応って、何だかいい加減ね」
踏み出す度にファドラーンが身に帯びている剣帯が微かな音を立てる。
聞き慣れないその異質な金属音が、何気ない会話をしていても耳に障って……とても変な感じだわ。




