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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
101/110

101  一致しないもの



「通用門に決まっているでしょ」

 俺のふざけた問いかけに素っ気ない返事のイェライシャ。

 先程の意趣返しかと思ってその表情を伺ってみれば、何となく複雑な表情になってしまっている。

 怒っている訳では無さそうなので、何かまだ悩み事を抱えているのだろうかと思ってしまう。

 それともまた俺は何か彼女の機嫌を損ねるような事をしていたのだろうか。

 うだうだとそんな事を考えつつ、タイルで装飾を施された整った芝生の道を黙ったままもうしばらく歩いた。午後の盛りもとうに過ぎ、夕刻の気配を色濃く含んだ風がそよいでいる。

 小径の角を曲がった所で、植え込みの木立の向こうから本館主翼の姿が目に飛び込んで来た。


「後でヴァルさまも同じ事を訊ねると思うんだけれど、彼等の印象はどうだった?好奇心丸出しだったから鬱陶しかったかな」

 特に何をと指さずに訊ねる。

 案の定、少し首を傾げたイェライシャはゆっくりと考えをまとめながら、言葉を返してくる。

「悪い印象ではない、と思うわ。ラズィルさんや他の方もとても礼儀正しかったし」

「そう言ってもらえて安心したよ」

 本心からそう答えると、チラ、とイェライシャの見上げる視線を感じた。

 その視線に微笑みを返すと、彼女も同様に微笑みで応えてくれた。その微笑みからはさっきまでの複雑さはなくなっていて、俺の気の廻し過ぎなのかなとさえ思えてくる。

 以前の失敗を再び繰り返さない為にも気を付けているつもりなのだが、不安が大き過ぎて必要以上に神経質になってしまっているのは否めない。

 それだけ俺はこの女性を失いたくないと、思っているから。


「王族である自分の護衛の半分近くに、貴族出身でない者を入れると言うのはどうかとも思ったけれど、ヴァル殿らしいと言えばそうだし。主人の性格を考えればむしろ、貴族出身の人たちの方が気を使う構成なのではない?」

 イェライシャは、自分の立場か経験故か、核心を突いた問いかけをしてくる。 

 こんな話はヴァルの前では出来ない類いのものだが、一応頭に入れておいた方がいいかなと思った俺は話を続けた。

「まあね、人選に関してはヴァルさま流の嫌がらせもあったんじゃないかな。重臣の大して有能でもない子息が多くを占めたうえに、自分や親類の姉妹を紹介するのが目的なのなら邪魔なだけだと零していたのを覚えているからね」

「だから市井から募ったの?」

「条件はヴァルさまに対する忠誠心と一応の武芸の心得のある者。貴族の子弟でなくとも大抵の成人男性は最低限の腕前を持っているから、冗談だろってくらい最低の条件だね」

 ゆっくりと歩きながら不思議そうな表情のイェライシャ。

「最低って……どう言う事?」

「この国はとても小さくて、当然ながら民の数も少ない。だから何かあった時の自衛の為もあって、男女の区別なく教育と武術のたしなみを与えるのは領主の義務でもあるんだ。まぁ、混成の部隊になった事で確かにはじめは確執があったのは確かだよ。俺から見ても鼻持ちならない貴族の子弟が随分と辞めていったのも確かだし。俺とラズィルにした所で打ち解けるのには何年も掛かったんだ。けれど、まぁ、なんとかなるもんだね」

 肩を竦めてみせると、今度は呆気にとられた表情になっている彼女のその視線を受け止める。

「……随分いろいろあったんでしょうね」

「色々とね」

 何を想像しているのかは判らないが、神妙な口調になったイェライシャを茶化すようにそう答えると改めて彼女の手を握り直し、目の前に迫っていた屋敷の入り口へとエスコートした。

 相変わらず何やら不満そうに通用門として使われるその入り口を見つめているので、つい笑顔にさせられてしまう。


「必要以上に豪奢なのは判るけれど今の主人の責任じゃないんだから、そんな顔はしないで。パドマさまの言っていた事を忘れたのかい?」

「ちがうわ、そんな事を考えていたのではないの。この屋敷がヴァル殿にとって不本意だと言う事は、ヴァル殿と彼の叔父上と言う人物とはあまり意志が通じ合ってはいないのね?」

 思いがけないイェライシャの言葉に、痛い所を突かれた、という表情を押し隠す事は出来なかった。

「まあ、否定はしないよ。もっとも、完全に一致すると言う事自体が難しいけれどね」

 一般論のような口振りでそれに応じてみたけれど誤魔化し切れていないのは判っているうえに、俺としては彼女にこれ以上の隠し事をする気もない。

 ただ何処から説明するのが良いか判断に迷ってしまう。

 さっきヴァルに釘を刺された事柄とも微妙に関連があるだけに、先程の主人の指示に逆らうことにもなりかねないからだ。

「ごめんなさい、立ち入り過ぎたわ。困らせてしまったわね」

 逡巡してしまっていた俺を気づかったのだと分かる言葉を唇にのせて、彼女がこの会話を終らせなかったらどうなっていたのだろう……と自問してしまったが、はっきりと答えを出せない自分自身に戸惑ってしまう。


 以前の俺だったら、どう答えようなんてけして迷いはしなかった筈なのに。それどころか主人の命令を絶対として、沈黙を守る方を選んだはずだ。

 それが為に廻りの誰と衝突する事があろうとも。

 どうやら、変わったのはヴァルだけではなかったらしい、と言う事に俺は今更ながらようやく気が付いたのだ。


 自分に宛てがわれている客室への道順のかなりを覚えたらしいイェライシャをサポートしながらその部屋へと送り届ける。

「夕食の為に着替えたらまた迎えにくるから」

 別れ際に少しばかり心細そうな表情を見せたイェライシャに、ついそう約束をしてしまう。 

 頃合いを見計らって侍女達が客人の世話と案内をしてくれるのを知っているのに、はにかんだような微笑みに隠された心許なさに気が付いてしまうと、後先考えずにそう口走っていた。

「……いいの?」

「主人の公認だから、構わないさ」

 慎重に探りを入れてきたイェライシャだが、その表情が先程とは打って変わって明るく見えるのは気のせいじゃないだろう。

 さらりと応じてみせた言葉が自分への言い訳だとは充分自覚していたが、むしろ正当化する為の言い訳をヴァルがくれていたのだと……取れなくもないよな。

 何を何処まで推測して、何処までを許容範囲として言質をくれているのか判らない主人ではあるのだが、今の所は彼流の好意の範囲内だと勝手に決め付けておくことにする。

 了解したとうなづいたイェライシャの部屋の扉を閉めると、俺も自分の身支度を整える為にこの屋敷の中に自室として確保している部屋へと向かう。


 チャクラヴァルティンの護衛としての俺だが、この主翼内のヴァルの私室と自称書斎との丁度中間当たりに部屋を与えられているのだ。

 部屋と言っても三間続きのうえ、浴室も付いている客室のようなもので、必要以上に贅沢なその構えはこの屋敷の主人の格式と俺の出自とを照らし合わせても厚遇に過ぎる……とは当初よく叩かれた陰口だった。  

 親衛隊の隊長見習いの間は俺もラズィル達と一緒に宿舎で皆と生活していたのだが、前任者から隊長の任を引き継いだ時に就任祝いだと言ってヴァルが寄越したのがこの部屋だった。

 昔馴染みとは言え家族でもない者に与えるには近すぎるその部屋の配置に、王の周囲からも異議を唱える声は大きかった。とはいえ主人の破格の好意だし断れば周囲に角が立つというので、否応なくこの部屋へと引っ越す羽目になったのだ。


 もちろんあのまま隊の宿舎に居る事を選択したとしても、ヴァルが機嫌を損ねるとか何らかのデメリットは全くなかったのだが、つまらない詮索をする者がいない訳でも無かったので俺としては苦渋の選択だった。

 ようやくラズィル以下市井からの志願者との軋轢もなくなりかけていて、それなりに良い関係に落ち着きかけていた所だったからなおさらだ。そんな事を思って憂鬱になりかけていた俺に、けれどラズィル達はあっさりしたものだった。

「……まぁ、主人のわがままに付き合うと思えば腹も立ちますまい」

 ラズィルらしいもって廻った言い方と、主人であるチャクラヴァルティンをチラと見遣ったその視線から、彼には彼なりの葛藤がある事を知る。


 ああ、と妙に納得したあの時。

 彼は……自分達の方こそが試されていると感じていたのだろう。


 市井出身の自分達を、前例のない部署で使おうとしている人物とその思惑を測りかねていたのかもしれない。市井からの応募者は他の領内からもかなりの数だったのを、兵士としての資質と伎倆、思想、そして人格、とかなりの選考を重ねた。

 ほとんどコネなどない彼等にとって己の資質そのものしかアピール出来るものはないのだから、最終的に選に残った者は本当に有能な者、もしくは主人の希望に適った者である事は疑いようもない。


 それでも主人との間の距離、間合いとでも言うのだろうか…をまだ掴めてはいないのだと、ラズィルのその眼差しが語っていた。

 天邪鬼な俺はそれに気が付いて、むしろ気が楽になったのを覚えている。


 我ながら嫌な性格だとその時の事を思い出しながら、件の部屋の扉を開けた。





 

 

  


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