9 . そろそろ佳境に入ること
複数に分散した補給部隊の中で、ルナリアの所属する補給隊が一番最後に到着した。
ワイバーンの戦闘で負傷者が出たためである。
そのため、国境では既に正規の王国軍により、ワイバーン及び古代竜討伐は終了していた。
ルナリアたちの補給隊に、討ち漏らしにしては数が多いワイバーンが襲いかかったのは、どうやらワイバーンたちが二匹のつがいの古代竜に住処を追いやられたためであるらしい。
そのため、混乱のままワイバーンたちは四方に分かれ、被害を大きくしてしまった。
王国軍は、古代竜退治という予想を超えた討伐に対峙しなければならなくなったが、実力主義の王国軍であるため、死者重傷者を出しつつも、古代竜を討伐したのである。
王国軍の陣営では勝利の祝杯ムードが漂っていた。
龍との攻防は人的被害を出しはしたものの、最終的には王都への侵攻を阻止できたのだから。
「なんとか終わったな」
補給部隊としての任務も一段落し、少し気が抜けたセオドアは、今日もルナリアと行動を共にしていた。
犬猿の仲であり、本来は騎士科と魔術科もしくは男女別々にまとまるところを、セオドアとルナリアは言い争いながらも、行動を共にするのだった。
部隊長から、実力があると判断されているために、風紀と規律を乱さなければ、と多少のお目こぼしはされている。
「どうした?」
そして、セオドアはどこか不安そうなルナリアに、いつだっていち早く気付き、声をかけるのだ。
大地が震えた。
天を仰げば、討伐したはずの竜の一匹が旋回していた。
戦闘を終えたばかりの気の抜けた瞬間のことだった。
王国軍の誰もが気づかなかった。
気付く時間もなかった。
なぜ古代竜が、ワイバーンの住処を荒らしたのか。
討伐したと思われたつがいの竜が、つがいではなく、母子であり、今現在怒り狂っている竜が父親である竜であるなどと、予想できているものは誰一人いなかった。
それでも、王国軍の判断は早い。
「総員戦闘配置!」
即座に防衛陣形を組んだが、連戦の疲れは隠せない。
最初の攻撃で二台の荷車が炎に包まれた。
「まずい…!」
セオドアが歯噛みする。
「こっちに向かって来ている!」
「【氷壁】」
ルナリアの杖から放たれた魔法が竜の進行を一時的に妨げる。
鳴り響く轟音と鼓膜が破れそうになるほどの咆哮。
衝突によって生じた風圧が、近くにいた人間たちを吹き飛ばす。
爆音と共に氷が砕け散る。
「【防御結界】!」
セオドアは咄嗟に前方へ駆け出し、崩壊した氷壁の代わりに自らを盾とするように防御魔法を展開した。
セオドアは、騎士を輩出するブラックウェルにしては、異例の魔法剣士として実力を認められていた。
とはいえ、騎士科に所属しているセオドアは、魔術科の生徒並みに学べる環境でもないため、魔術の実力はほどほど。
限られた属性魔法しか使えず、集中力が必要となる戦闘中に、器用に魔法と剣を使いわけることはできない。
ただ、付与魔法や防御魔法が使用できるため、並の騎士たちよりも、一目置かれていた。
ルナリアと連携すれば、魔法を使用する機会は滅多になくなる。
魔術士としては圧倒的な強者であるルナリアに付与魔法をかけてもらったほうが効率が良い。
だから、普段の討伐訓練ではルナリアに頼りがちになってしまうのだ。
そのことを、セオドアは悔いていた。
実力不足を嘆く暇もなく、竜の一撃を受けて、青白い光の結界が弾け飛ぶ。
足元の地面がひび割れ、腕が震え、額から血が流れ落ちる。
「逃げて!」
ルナリアは叫ぶ。
セオドアは動けない。
動かない。
セオドアの後ろには、ルナリアがいる。
「セオドア!」
ルナリアの叫びが響いた時には遅かった。
龍の尾が反転し、セオドアの背後を掠める。
掠めるだけの攻撃であったが、衝撃でセオドアの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「…っぐぁ!」
セオドアの押し潰されたような声。
ルナリアの絶叫が戦場を貫いた。
彼女の目に映るのは、黒焦げになりつつある大地と、そこに横たわるセオドアの姿。
彼の胸部から血が滲み、呼吸が浅い。
龍は追撃を緩めず、炎の息を吐き出そうと口を開ける。
セオドアは痛みで体が痺れ、起き上がれない。
死を覚悟したその瞬間、
「我が敵を焼き尽くせ【煉獄の業火】!!」
巨大な炎の柱が立ち上るが、竜は驚異的な速さでそれをかわす。
傷一つつかないどころか、挑発するように喉を鳴らしている。
怒りが魔力を暴走させようとするが、ルナリアは必死に制御する。
彼女は杖を高く掲げ、古代語の詠唱に入った。
「ルナリア…逃げろ…」
セオドアの声は、必死なルナリアの耳に入らない。
絶対に。
ルナリアは絶対にセオドアを助けるのだ。
ルナリアの髪が風もないのに浮き上がる。
魔力の奔流が彼女の周りで渦巻いていく。
「【聖域の盾】」
突如としてセオドアと自分の周囲に純白の障壁が出現し、竜の接近を阻む。
だが、これは防御のための魔法ではない。
彼女の指先から放たれたのは、七色の光を纏った小さな球体。
それはゆっくりと上昇し、雲を突き抜けて消えた。
竜は咆哮を上げ、障壁を打ち破ろうとする。
しかし、その寸前、夜空が割れるような轟音とともに、巨大な虹が現れた。
七色の光が弧を描き、竜を貫く。
「【極彩色の天弓】っ…!」
ルナリアは全ての魔力を放出し、膝から崩れ落ちる。
自分でもわかるほど、体から何かが漏れ出ていくのを感じる。
それは魔力か、それとも生命力か、はたまた寿命か。
視界が霞み、意識が遠のいていく。
最後に見たのは、セオドアが必死の形相で自分に駆け寄ってくる姿。
それを見て、ルナリアはようやく。
心の底から笑えたのだ。




