8 . 拙い戦闘描写に煩悶すること
翌朝、東への街道には学生たちが列をなしていた。
補給隊とはいえ全員が武器を帯び、顔には緊張の色が濃い。
その列の中ほどで、ルナリアは荷馬車の幌をチェックしているセオドアを見つけた。
「あら、臆病者のセオドアじゃない」
彼女は杖を肩に担ぎ、皮肉たっぷりに声をかけた。
「誰が臆病者だ、泣き虫ルナリア」
セオドアは思い出したように顔を上げ、ルナリアを見つめた。
「そういえば、昨日レオン殿下と何を話してたんだ」
ルナリアは、感情を表に出さないまま、澄ました顔で言った。
「あら、見てたの?」
「偶然な。人気のない廊下で、しばらく会話してただろ」
「あなたに言う必要を感じないけど、ただの激励よ」
「…勘違いすんなよ」
セオドアは視線を落とし、
「レオン殿下が、お前と婚約なんかするもんか」
ルナリアはセオドアをじっと見つめる。
セオドアはいつになくその視線を居心地悪く感じた。
「本来ならわたくしたち、婚約者がいてもおかしくない年齢だわ。でも、レオン殿下の婚約者で揉めていて、それが決まるまでは、レオン殿下と見合う令嬢たちは婚約者を見つけないでしょうね」
「だから何だよ」
「あなたは男性でしょ。なぜ婚約者を作らないの?聖女アリアへの操立て?」
「うるせえな」
「わたくしと婚約する?」
セオドアは動きを止めた。思考も止まった。
ギギギ、と音が鳴るほど、ぎこちなく、呆然とルナリアを見つめる。
「なんてね」
馬のいななきと共に、出発の合図が響く。
補給隊の先導役が号令をかけた。
硬直するセオドアを無視して、ルナリアは馬車に乗り込んだ。
進路は国境沿いを迂回し、王都を半周する長距離の旅路となる。
第一夜は野営地での幕舎暮らしとなった。
焚き火を囲んで簡単な夕食を取っていると、部隊長が注意事項を伝えにやってきた。
「補給部隊とはいえ、前線近くでは常に戦闘が起きうる。皆、油断するな」
生徒たちの表情が硬くなる。
ルナリアは薪をくべながら、横目でセオドアを見た。
セオドアは焚き火を見つけながら、何かを思い詰めているように見えた。
「おい」
「何?」
「本当に来るべきだったのか?」
セオドアが尋ねた。
「志願制なんだ、お前が無理して来なくったって」
「無理なんてしてないわ。魔術科首席の実力を疑ってるの?」
「主席だろうが、貴族令嬢にかわりない」
「あなたも貴族男性に変わりないけど、何が言いたいのかしら?男女差別?」
「差別とかそんなんじゃねえよ…ただ、お前なら来ると思ってたけど、来なくてもよかったと思っただけで」
森の奥から不気味な唸り声が聞こえてきた。
見張りの上級生が弓を構える。
「ワイバーンは嗅覚が鋭いらしい」
「獣脂を使った火を炊くなと命令されていたのに」
セオドアが剣に手をかける。
ルナリアは杖を取り出して詠唱の準備を始めた。
「落ち着け」
部隊長が冷静に指示を出した。
「我々は餌ではない。ただ通り過ぎるだけだ」
だが警告は遅すぎた。
突如として森の木々が揺れ、巨大な翼を持つ影が月光の下に舞い降りてきた。
「前方!距離三百メートル!」
見張りの叫びが闇に吸い込まれる。
ルナリアの魔力が杖を通して閃光を放った。
「【眠りの霧】」
青白い煙が立ち上り、ワイバーンの動きを鈍らせる。
しかし完全に封じ込めるには至らず、その巨躯はゆっくりとこちらへ向かってくる。
「散開!」
部隊長が叫ぶ。
「馬車を守れ!」
セオドアが馬を操り、ワイバーンの側面に回り込んだ。
「こっちだ!」
剣に魔力を纏わせた攻撃が鱗をかすめる。
痛みを感じたワイバーンは怒りに咆哮を上げ、炎の息を吐いた。
「【氷壁】!」
ルナリアの防御魔法が仲間たちを守る。
「みんな下がれ!」
混乱の中、部隊長が冷静に撤退の指示を出した。
「セオドア、ルナリア、後衛を任せる!」
二人は無言で頷き合い、殿を務める決意を固めた。
「なあ」
「何よ」
セオドアが馬に乗り込み、ルナリアの体をひきよせ、後ろに乗せる。
「俺が行くと知って、お前は志願したんだろ?」
ルナリアは、セオドアの身体につかまりながら、ワイバーンの脇腹に向けて連携攻撃を開始した。
ルナリアの電撃魔法がセオドアの剣に乗り、致命傷を与えるまでの十分な隙を作り出す。
雷光と鋼鉄が交錯する瞬間。
ルナリアの詠唱と共に迸った青白い閃光がセオドアの銀の剣に吸い込まれていく。
刃先から放たれる稲妻は轟音と共に空気を震わせた。
「行け!」
彼の掛け声と同時に馬が飛び出し、ワイバーンの懐へと駆け込んだ。
鱗に覆われた腹部を狙って横薙ぎの一撃。
通常なら弾かれてしまうはずの剣撃だが、電撃の力を借りて鱗の防御を貫通した。
「ギャアアッ!」
耳をつんざく悲鳴とともに、ワイバーンの巨体が崩れ落ちた。
夜明け前、一行は奇跡的に全員無事で森を抜け出した。
疲れ果てた生徒たちは安堵の息をついたが、ルナリアとセオドアだけは戦いの興奮と緊張感を引きずっていた。
「次はもっと大きな群れだな」
セオドアが鞍の上でつぶやく。
「後尾にすらたどり着いていない補給隊にすら、うちもらしがくるなら、前線はどうなっていることやら」
補給部隊は前進を続けた。
ルナリアは馬車に揺られながら地図を見つめる。
「次の休憩地まであと二マイル。おそらく、そこで一旦荷車を止め、周囲の警戒態勢を強化するでしょうね」
ルナリアの予想通り、休憩所に到着する。
魔術科の生徒たちのより、昨日のように魔法障壁を展開し、周囲三方向に防御陣地を築いた。
生徒たちは、自分たちのできる範囲で迅速に動いた。
日が傾き始めた時、斥候役の生徒が急いで駆け込んできた。
「前方に巨大な影!十二匹のワイバーンの群れです!距離およそ五マイル!」
恐怖が生徒たちの間に広がった。
実戦訓練をこなしているとはいえ、戦闘経験の少ない三十人ほどの生徒たちに対し、十二匹のワイバーン。
圧倒的不利だった。
「撤退すべきだ!」
一人の生徒が叫んだ。
「待て」
セオドアが続けた。
「俺たちがここで引き返せば前線はどうなる」
ルナリアは地面の石を拾い上げた。
「ここは窪地になっているわ。防御に有利かもしれない」
ルナリアの言葉に、頭を抱えていた部隊長が尋ねる。
「勝算があるのか?」
ルナリアは馬車の中で虱潰しに見ていた地図を広げた。
「まず、魔術科で三層魔法結界を作り出す。ワイバーンは私たちがいる一層目の結界に群がるでしょうね。そこで、隠れていた騎士科がワイバーンを誘導し、結界と騎士科で挟み撃ちにする」
とルナリアは緊張も焦りも見せず、淡々と続けた。
「三層目の結界を発動し、ワイバーンを閉じ込める。そして、二層目との間にわたくしが焔魔法を発動させ、水蒸気爆発を起こす」
「水蒸気爆発、だと?」
「魔法結界の属性は水よ」
「いや待て。威力が強すぎて連鎖的に他の結界まで割れたらどうなる?」
「魔法陣の配列と結界の密度を最適化すれば、爆発エネルギーはワイバーン群に集中し、外部への影響は最小限に抑えられるわ」
部隊長の反応は鈍い。
学生たちの命を預かる身として、不確かな賭けはできない。
「確証は?」
「理論上は可能。実際に私がアシュトン卿の元で研究したものよ」
騎士科の生徒たちからは不安の声があがった。
「そんな危険な作戦に命を賭けろと言うのか?」
「他に選択肢があると思う?ここに留まればいずれ全滅よ。前進しても同じこと」
セオドアが立ち上がった。
「俺は賛成だ」
「セオドア!」
「お前の魔法の腕前はよく知っている。それにアシュトン卿は王国随一の戦略家だ。彼の教えに基づいた作戦なら信頼できる」
静寂が流れた後、徐々に他の生徒たちも頷き始め、最終的な判断がなされた。
遠くから、風を切るような轟音が聞こえてくる。
「位置につけ。怯えるな。我々は王国を守る盾となる」
ルナリアは深呼吸した。
最初の一頭が視界に入った瞬間、彼女は杖を高く掲げた。
それに従い、他の魔術科生徒たちも、杖を強く握りしめる。
「【第一層魔法結界】発動!」
青い光の膜が出現し、すぐにワイバーンたちが結界に群がり始めた。
鋭い爪と牙で壁を破ろうとする中、騎士科の生徒たちが慎重に移動を始める。
セオドアが率いる騎士科生徒たちがワイバーンを誘導し始めると、敵は次第に一ヶ所に集まり始めた。
「【第二層魔法結界】発動」
誘導を終えた騎士科生徒たちの後退を、確認するや否や、次々と結界を発動し、そして、
「【第三層魔法結界】発動」
ルナリアの額から汗がつたい落ちる。
結界の内側に大量の霧状の水が満たされる。
同時に彼女は詠唱を始めた。
青紫色の魔法陣が浮かび上がり、灼熱の熱気が密度を増す。
「【終炎の種火】!」
轟音と共に水蒸気爆発が起こった。
想像以上の衝撃波が結界内部で炸裂し、ワイバーンたちは一瞬にして消滅した。
結界自体も震動したが、辛うじて持ちこたえた。
「や、ったのか…?」
安堵の余り、崩れ落ちる生徒、魔力切れを起こし座り込む生徒、いち早く立ち直った教官たちが動き出す。
「成功したな」
「ええ」
ルナリアは疲れていたが、崩れ落ちそうになる体を、杖につかまることで回避する。
「でも想定より若干威力が強すぎたわ」
「それでも完璧だった」
セオドアは正直に褒めた。
「優秀な魔術師だ」
ルナリアは一瞬驚いたような表情を見せた。
「ありがとう」
「それにしても」
セオドアは苦笑いを浮かべた。
「お前とは毎回死ぬ思いをしている気がするな」
「でも生きている」
ルナリアは小さく笑った。
「それだけで十分」




