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性悪ルナリアは初恋に殉職したい  作者: 御仕舞


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7 . 主語をはっきりさせること


 出陣前夜。

夕暮れの廊下でレオンが待っていた。

ルナリアが駆け寄る。


「レオン殿下!お呼びですか?」


 ルナリアの目が期待に輝く。


「もしかして、激励のお言葉でも?」

「ああ…」


 レオンの表情は硬かった。


「君が志願したと聞いたよ」

「はい!」


 ルナリアは誇らしげに胸を張った。


「魔術の腕を活かす最高の機会ですから!きっと役に立ちますわ!」


 レオンは無言で彼女を見つめた。

夕日に染まった横顔に、レオンの声は低く沈んでいた。


「王都を守るためにこそ、有能な魔術師が必要なんだ。ルナリアのような才能ある者が前線に赴くことは、果たして最善かな?」


 ルナリアは眉を寄せる。

いつものレオンの発言ではないような、違和感に襲われたからだ。


「どういうことでしょうか?何かの問題ですか?

王都を守るのは王国軍だけではないでしょう?

西国との緊張があるからこそ、兵力は分散せざるを得ません」


 レオンは沈黙する。


「最も高い戦力は王都を守るべきで、そして次に高い戦力はワイバーンに対処すべきでしょう?私たちはまだ学徒とはいえ、戦力として計算される程度には鍛えられています。そうでしょう?」


 太陽が山際へ落ちていく。最後の光線がルナリアの横顔を金色に染める。

その決意に満ちた表情を見て、レオンは拳を強く握りしめた。


「理解できないわけではない」


 レオンは苦しそうに認めた。


「だが…」

「だが?」

「…君は若く、学生で」

「それが何か?」

「だから」

「どうされたんですか、レオン殿下?体調でも悪いのかしら」


 こんなに様子がおかしいというのに、いつもの察しの良さは発揮されず、その原因が自身に帰結しないルナリアに、レオンは苛立ちを感じる。


「…王都に残るんだ」


 ルナリアは聞き間違いかと思った。

レオン自身も自分の声に驚いたような表情を一瞬見せたが、すぐにその目に決然とした色が宿る。

彼は二歩近づいた。


「行くな」

「殿下…?」


 今まで見たことのないレオンの姿に、彼女は本能的に一歩後ずさる。


「頼むから」


 レオンの声が掠れる。


「危険な場所に行かないでくれ」


 夕闇が濃くなり、二人の影が長く伸びる。

ルナリアは混乱しながらも、目の前の王子の顔に刻まれた深い恐怖を見た。


「なぜ?」


 彼女は言葉を選びながら尋ねた。


「なぜ、だって?」

「だって、わたくしはこの魔術科でも、いえ、王国の中で比べても優秀な魔術師ですわ。足を引っ張るような真似は」

「君は…君は本当にわかっていない」


 レオンは初めて見せる脆さで壁に寄りかかった。


「私が君を心配しているとは思わないのか?」

「心配?わたくしを?」


 ルナリアは混乱した。

なぜ自分を心配するのか。

ルナリアにはわからない。


 混乱するルナリアに、レオンはウィルブライト家の調査書の内容を思い出す。

だけれど、だからこそ、自分がルナリアを心配していることを理解してほしかった。

だけど、それを実感するには圧倒的に時間が足りなかった。


「私は君に死んでほしくない。死ぬ可能性がある場所にいってほしくない。私の側にずっといてほしい」

「ずっと側に…」


 ルナリアは混乱していた。

レオンがルナリアを心配し、側にいてほしいという。

それは、直接的ではないが、まるで愛の言葉のような台詞だ。

 ルナリアは、一瞬浮かんだ考えに首をふった。


(自意識過剰だわ。なぜレオン殿下が私に好意を持っているなんて勘違いしてしまうのか、恋心とは認識を歪めるから厄介だわ。私の魔術の才を、もしくは次代に繋げる遺伝子を、王家としては失うわけにはいけないと、そう言いたいのね)


 もちろん、違う。

ルナリアの執着で、思考が埋め尽くされている今のレオンに、王家の立場など考える冷静さも余裕もない。


 レオンは感じたことのない恐怖を感じていた。

 王子としてのイメージを守り続けてもすべての人に愛されるわけではない。

実際に両親も政略結婚のせいで、2人とも妾や愛人がいる。

結婚は政治で、恋愛は結婚した後に別の相手とするものだ。

だけど、そんな結婚で生まれてしまった子供はどうなるのか。


 レオンのように、どんなに努力し、優秀になっても愛されず、愚かな妾の子や愛人の子のほうが両親から愛される。

周囲は第一継承権にある王子だからこそ持ち上げるが、イメージを外れたことをするとすぐに手のひらを返す。


 ルナリアだけだった。

何者でもないレオンを守り、慈しみ、果てに大好きだと言ってくれた。


 7年前のあの日。

何もかもが嫌になり、護衛から逃げ出した先で、王位を狙う勢力からか、もしくは両親からか、放たれた魔獣からレオンを守り通したルナリア。

逃げるために、薄汚れた下男の格好をしていたレオンを励まし、幼いながらも、震えながらも、未熟なか細い青紫の焔が魔獣を追い払ってくれた。


 その後魔獣は見回りの騎士に倒されたが、お礼を言う暇もなく、ルナリアは怪我のために救護室に運ばれた。

無力なレオンは、ただ守られるだけだった。

怪我したルナリアを救護室に運ぶこともできず、お礼さえ伝えることができなかった。

弱く、何者でもなかったために、騎士たちに追い払われた。


 自室に戻り、王子の衣装に着替えた頃には、ルナリアは手当てを受け、帰宅していた。

礼状を書こうとしたレオンを止めたのは、当時の側近たちだった。

ウィルブライト家から責任を問われ、婚約を結ばれては困る勢力の者たちがいたのだ。


 その事件で、レオンは第一王子であったのに、自分の無力さを心底思い知った。

そして、そんな状況を打開するために、少しずつ少しずつ、力をつけたのだ。

あの時の少女に報いるために。


 学院で出会った際には、情報でしか知り得なかった少女の成長に驚いたと同時に、胸の内の凍りついていた何かが溶け出していくような、不思議な感覚に襲われた。

少女が、レオンの努力を認め、尊敬と憧れの目で見てくれる。

声をかけると頬染め、誰も見たこともないだろう微笑みを自分にだけは見せてくれる。


 そして、彼女は確かに言ったのだ。

大好き、と。

貴族特有の回りくどい古臭い口説き文句ではなく、それは心の内から思わず転げ落ちてしまった、拙い恋の告白。


 だけど、レオンはそれからずっとルナリアのことを考えてしまう。

朝起きた時、食事の時、公務の時、誰と話していても、ルナリアを考えてしまうのだ。


 レオンにとっては、ルナリアだけなのだ。

だからこそ、絶対に失いたくない。

例え、ルナリアの恋心を人質にとろうとも。


「…もし、出陣するというなら、私は聖女アリアと婚約する」


 ルナリアは意味がわからなかった。

なぜ、自分の出陣に婚約の話が結びつくのか。

必死なレオンに、ルナリアは気付かない。

レオンの好意を信じてすらいない。

ルナリアは、自分が誰かに愛されるなんて、思いもしないからだ。


「わたくしは殿下の意思に従いますわ」

「それは、出陣しないという」

「婚約は殿下の意思で行われることですから」


 冷たい風が2人の間を吹き抜ける。

月明かりが昇り、2人の姿を蒼く照らし出した。

ルナリアの表情に困惑が広がっていくのを見て、レオンの胸が締めつけられる。


「どうして」


 レオンは声を絞り出すように言った。


「『大好きです』と」

「ええ、もちろん今も大好きです」


 恥ずかしそうにルナリアは微笑むのに、レオンの心の内がどんどん冷えていく。


「私が誰と婚約しようと構わないというのか?」


 月明かりが彼女の輪郭を青白く浮かび上がらせていた。

ルナリアの表情は依然として穏やかだ。


「レオン殿下」


 彼女は静かに言った。


「わたくしは殿下の恋人になれるとは思っていません。叶わなくても構わないと思ったんです。殿下は高嶺の花ですし、そもそも殿下がわたくしを好きになるはずがありませんから」


 だから安心して、レオンを好きになれた。


「は、ははは、私が君を好きになるはずが、ない?」

「ええ。ありえません」


 ルナリアの言葉に、レオンはズタズタに切り裂かれる。

惨めだった。裏切られたとも思った。

ボロボロになった心には未だルナリアから受け取った熱が燻るのに、彼女はそれを受け取りも認めてくれさえしない。

全ての努力が報われたと思っていたのに。


 全てが、全てが無駄だったのだ。


 ルナリアには何も届かない。


「…私が誰を選ぼうが興味がない」

「違います」


 ルナリアは首を振る。


「殿下が幸せになれる相手を選ぶのが一番良いと思っています」


 なぜそれが君じゃないんだ!!


 私は、君しかいないというのに!!


 レオンは思った。


 この恋が、愛が報われないなら。


 死んでしまえばいい。









 王室付き執事が用意した婚約書類がすでに机の上で待っていた。


家門間の調整も順調に進んでいた。


窓ガラスに映る自分の顔が、かつてないほど虚ろに見えた。







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