6 . 都合よく思い込まないこと
それは、突然訪れた。
「東の国境沿いに、ワイバーンの群れが現れた」
重々しい理事長の声が、講堂内に響く。
「通常ならば正規軍のみで対処できるはずが、現在の国境情勢により戦力を分散せざるを得ない状況にある。そこで、学生諸君に志願を募る」
講堂内が水を打ったように静まり返る。
「任務は補給線の確保及び維持。危険は常に伴う。志願者は三日以内に申し出るように」
朝礼後、中庭に集まった学生たちの中心に、アリアがいた。
「お願いです。考えてください。命に関わるのです」
聖女の祈りのような声が風に乗る。
「私の治癒の力は戦場では限界があります。あなたたちを失いたくない」
多くの学生が俯く中、
「聖女様」
セオドアの声は凛としていた。
「ありがとうございます。あなたの慈愛は確かに尊いものです」
アリアの顔に安堵の色が広がる。
彼ならきっと自分の味方になる信じていたから。
「でも」
だから、セオドアが言葉を続けた時、アリアは一瞬別の人間が話し始めたのだと思い込もうとしたのだ。
「俺には責任があります。守るべき国があり、民がいます。騎士として…いや、今、王国の臣民として戦わないのだとしたら、一体いつが俺たちが戦う場なのですか。今も刻々と被害者がでているというのに、何のための学院なのか。俺は守られるためではなく、守るために、ここで学んでいるのです。黙して待つことなどできません」
セオドアの宣言に拍車をかけるように、数人の学生が「俺も」「私も行く」と声を上げ始めた。
アリアの顔から血の気が引く。
セオドアは真摯な目でアリアを見つめた。
「違います!」
アリアが叫んだ。
普段は穏やかな聖女らしからぬ激しさだった。
「セオドア様はそんな、そんなことを言うような方ではありません!あなたは、私の話をよく聞いてくれて、いつだって、私の味方で」
「アリア様」
セオドアの声は驚くほど静かだった。
彼は膝を折り、頭を垂れた。
「国家創立の際から、ブラックウェル家が仕えてきた家門の誇りがあります。この危機に尻尾を巻いて逃げることは一族の恥です」
中庭に緊張が走る。
他の学生たちも固唾を飲んで見守っていた。
「恥だなんて」
アリアの声が途切れた。
「命より大事なものはありません」
「いいえ」
セオドアはゆっくりと立ち上がった。
「命を賭けない、民を守れない騎士こそが、最大の恥なのです」
セオドアの赤い瞳に確固たる意志が燃えていた。
「そしてウィルブライト家も必ず志願者を出すでしょう。尻込みするわけにはいきません」
「…それが理由だというのですか」
アリアはその時初めて、人を憎いと思った。
そのような感情を持ってしまった自分に混乱と戸惑いを感じながらも、セオドアを、それにもまして苦手意識のあったルナリアを、明確に憎んだのだ。
「…ルナリア様に負けたくないという理由に、命を懸けるつもりですか?」
「それだけの理由ではないと、先ほどから言っていますが」
セオドアの視線は遠く、見えない誰かの影を追う。
「彼女が行くなら、なおさらです。彼女一人に戦わせるわけにはいかない」
二人の間に沈黙が落ちた。
風が吹き、アリアの白いローブが翻る。
「あなたの考えはわかりました」
彼女はようやく口を開いた。
表情からは感情が読み取れない。
「ですが、生きて帰ってきてください」
「約束します」
セオドアは視線をアリアに戻し、胸に手を当てた。
「必ずや戻ってきます」
一瞬躊躇うと、
「アリア様のもとに」
セオドアの照れたようないつもの表情。
だがアリアの胸の内には虚しさが広がっていた。




