第4話
洋館の1階で古い柱時計が静かに時を刻んでいた。それぞれに割り当てられた客室へ荷物を置き、招待客たちは思い思いの時間を過ごしていた。客室はホテルの一室のようで、広い室内の中にはベッド、引き出し付きの机と椅子、鏡、クローゼットがあり、扉を隔ててトイレとユニットバス、洗面台があった。
白石は帽子を机へ置くと、窓際へ歩み寄った。眼下には港へ続く一本道が細く伸び、その先には静かな海が広がっている。人の姿はどこにも見えない。島全体を見渡すようにしばらく景色を眺めると、室内へ戻り、ベッドに腰かけた。
細貝はノートパソコンを開いたものの、通信ができないことを思い出し、小さく息をつく。仕方なく保存してあった資料へ目を通し始めたが、数分もしないうちに画面を閉じた。
真門はベッドへ腰を下ろすなり、大きく伸びをした。
「歩かせるわ、電波は無いわ……ほんま不便な島やで」
ぶつぶつと文句を言いながらも、クローゼットを覗いたりユニットバスを覗いたりと、部屋の設備を一通り確かめていく。
春山は窓を開け、涼しい風を胸いっぱいに吸い込んだ。静かな森を眺めながら、スマートフォンで何枚か景色を撮ろうとしたが、圏外の表示を見て苦笑する。
可憐は鏡を見ながら乱れた髪を整えていた。「夕食で失礼があってはいけない」と服装を整えている。
獅子谷は部屋へ入るなりスマートフォンを掲げた。
「えー、マジで圏外なんだけど」
何度か窓際へ移動してみるものの結果は変わらない。
「配信できないじゃん……」
不満そうにベッドへ倒れ込んだ。
原井場はカーテンを開け放ち、洋館や庭を興味深そうに見下ろしていた。
「映画のロケ地みたいだな」
独り言を漏らしながら、写真を何枚も撮影していく。
榊原は椅子へ腰掛けると、静かに目を閉じた。ここへ来るまでに交わされた会話を思い返しているようだった。
「送り主が5人……主人は姿を見せず、船頭も使用人も顔を知らない……」
誰に聞かせるでもなく呟き、ゆっくりと目を開けた。
中藤はタブレットを操作していたが、通信できないことを確認すると電源を切る。代わりに小さなメモ帳を取り出し、島へ来てから気付いたことを箇条書きで書き留め始めた。
尺蛇は部屋へ入っても落ち着かず、何度も部屋の外を確認していた。窓の下と廊下を眺める。
「……変な奴はいないよな」
誰もいない廊下へ耳を澄ませ、不安そうな表情でベッドへ腰を下ろす。
洋館の中は驚くほど静かだった。廊下に響くのは、ときおり誰かが歩く足音と、遠くから聞こえる柱時計の音だけ。1階の厨房では、恵が手際よく包丁を動かしていた。まな板の上で野菜が小気味よい音を立て、隣の鍋からは湯気が立ち上る。
「10人分ってだけで面倒なのに……」
恵はため息交じりに呟きながら、フライパンへ肉を並べていく。招待客の案内を終えた俊夫は厨房へ顔を出した。
「まだ終わらないのか」
「終わるわけないでしょ。アナタも手伝ってよ」
「こっちはこっちで忙しいんだ。文句言う前に手を動かせ」
「ちゃんと動かしてるじゃない」
恵は顔も上げずに返した。
「あんたは皿並べるだけでしょ。楽でいいわよね」
「掃除も配膳も全部俺がやるんだ。楽なもんか……それにしても、ずいぶん癖のありそうな客ばかりだったな」
「そう?」
「見れば分かる。エリート気取りの若造に、妙に偉そうな年増、何を考えてるか分からない連中ばかりだ」
俊夫は鼻で笑った。
「まあ、俺たちは給料さえ貰えればそれでいい。余計なことに首を突っ込まなければ、1週間なんてすぐ終わる」
恵は鍋をかき混ぜながら頷く。
「そうそう。客同士が何しようが私たちには関係ないし」
少し間を置いて、恵が小さく笑った。
「ただ、あの若い男。ブランド物で固めてた人」
「原井場か」
「いかにも成金って感じだったわね」
「見栄を張る人間ほど、財布の中身は案外薄いもんだ」
「まあ、私は誰が来ようが知ったこっちゃないけど」
俊夫が厨房で恵と話していると、廊下から足音が近づいてきた。現れたのは原井場だった。片手にスマートフォンを持ち、落ち着かない様子でダイニングを覗き込む。
「ちょっと聞きたいんですけど」
俊夫は手を止め、原井場の近くまで寄ると穏やかに言った。
「何でございましょう」
「小川さんって、いつ来る予定なんですか?」
「小川様、でございますか?」
俊夫は聞き覚えのない名前を確かめるように繰り返した。
「俺と獅子谷さんを招待した人ですよ。芸能事務所の社長の」
「申し訳ございません。私どもは、小川様については何も伺っておりません」
原井場の表情から笑みが消えた。
「知らない? でも、このパーティーを開いたのは小川さんでしょう?」
「私どもが宇治山様から伺っておりますのは、本日10名のお客様がお越しになるということだけでございます。どなたが皆様をご招待されたのかまでは、聞かされておりません」
「じゃあ、小川さんがここへ来るかどうかも知らないってこと?」
「はい。申し訳ございません」
「では、和田という人物については?」
背後から聞こえた声に、原井場と俊夫が振り返る。食堂の入口に中藤が立っていた。片手には小さなメモ帳が握られている。
「和田様、でございますか」
「私と細貝さん、それから春山さんを招待した人物よ。その人もパーティーを開催すると連絡してきたわ」
俊夫はしばらく考えた後、静かに首を横に振った。
「申し訳ございません。そのお名前にも心当たりはございません」
中藤は表情を変えず、メモ帳へ視線を落とした。
「小川も和田も知らない。では、中村、江崎、野口という名前は?」
「そちらも存じ上げません」
「5人とも?」
「はい」
中藤はペン先を止め、俊夫を真っ直ぐ見た。
「おかしいわね……屋敷の管理人が招待者を知らないなんて」
厨房で話を聞いていた恵が顔を出した。
「私どもは宇治山様から、お客様のお名前と到着時刻、それから滞在中のお世話をするよう指示されただけですので」
「その指示は、直接受けたの?」
「いえ。メールでございます」
「雇い主なのに会ったことはない。招待主の5人も知らない。船頭も1か月前に雇われただけ」
中藤は事実を並べるように淡々と言った。
「つまり、この島にいる誰一人として集まりの全体像を知らないということね」
俊夫と恵は答えなかった。
「な、何なんだよ、それ」
原井場は苛立ったようにスマートフォンを握り直した。
「じゃあ小川さんは誰なんだ? 実在する芸能事務所の社長なんだぞ」
「名前を使われただけかもしれないわ」
中藤は冷たく答えた。
「それとも、あなたが都合よく信じただけか」
「は?」
「少し調べれば他人の名前ぐらい使えるでしょう。相手の身元を直接確認したの?」
原井場は言葉に詰まった。
「……ネットで事務所は調べた」
「本人だという確認にはならないわね」
中藤はメモ帳を閉じた。
「到着した時点で確認すべきことだったわ。全員、警戒心が足りなすぎる」
そう言い残し、中藤は食堂を出ていった。原井場はしばらくその背中を睨んでいたが、やがて小さく舌打ちをした。
「……感じ悪い女だな」
2人の足音が遠ざかると、恵が小さく息を吐いた。
「随分と面倒そうなお客様ね」
「余計なことを考えず、仕事だけしていればいい」
俊夫はそう答え、1人用の食器を並べた。ダイニングテーブルの端に用意された宇治山の席は空の玉座のようだった。




