第8話
音声が途切れ、沈黙だけが残った。ラジカセの中ではCDが回り続け、かすかな作動音だけが食堂に響いている。最初に動いたのは真門だった。
「ふざけんなや!」
拳がテーブルへ叩きつけられ、カップと受け皿が跳ねた。
「真門さん、落ち着いてください」
細貝が制したが、真門は振り返って睨みつけた。
「落ち着いてられるか! 罰を与えるやと? 脅迫やないか!」
「脅迫っていうか、ドッキリだろ」
原井場が椅子にもたれたまま言ったが、声はわずかに上ずり、額には汗が浮かんでいる。
「こういう悪趣味な企画あるじゃん。どっかに隠しカメラでも仕掛けて、俺たちが慌てるところを撮ってんだよ」
そう言いながら、原井場は天井や壁を落ち着きなく見回した。
「そうだよね。小川さんが、こんなことするわけないし」
獅子谷がすぐに同調した。
「宇治山って人が勝手にやってるだけでしょ。小川さんは、私たちの活動を見て招待してくれたんだから」
「まだその話を信じているの? 呑気な人ね」
中藤が冷たく言った。
「今それ言う必要ある?」
獅子谷の声が鋭くなる。
「あるわ。あの音声が事実なら、私たちは身元の分からない人間に集められ、罰を与えると宣告されたことになる」
「だから、ドッキリだって言ってるだろ!」
原井場が声を荒らげた。
「こんなもん、本気にする方がおかしいんだよ。罪人とか、何の証拠があるんだよ」
「証拠の有無を確認する手段は、こちらにはありません」
細貝はラジカセへ目を向けた。
「ただ、相手が僕たちの経歴をある程度調べているのは確かです。全員を別々の理由で、この島まで誘い出している」
「それが何だって言うんだよ」
「少なくとも、行き当たりばったりの悪ふざけではないということです」
原井場は何か言い返そうとしたが、言葉が出なかった。代わりに獅子谷がグラスを握りしめる。指先がわずかに震えていた。
「何かの間違いではございませんか」
可憐が周囲の顔を順番に見回した。
「私たち全員が罪を犯したなど、そんなこと……」
同意を求める声だったが、誰もすぐには答えなかった。
白石は発言せず、食卓を囲む者たちの様子を一人ずつ見ていた。
声を荒らげる真門。笑い飛ばそうとする原井場。小川の名にすがる獅子谷。同意を求める可憐。青ざめた表情で俯いた春山。冷静を装う榊原。状況を整理する中藤と細貝。そして、テーブルの端で動かない尺蛇。尺蛇は膝の上で両手を強く握りしめていた。爪が手のひらへ食い込んでいる。顔からは血の気が失せ、額には汗がにじんでいた。
「尺蛇さん、大丈夫ですか?」
春山が声をかけると、尺蛇の肩が大きく跳ねた。
「ち、違う……」
「え?」
「俺じゃない。俺は悪くない……」
消え入りそうな声だった。食卓の視線が一斉に尺蛇へ向けられる。尺蛇はそれに気づくと、椅子を引いて立ち上がった。
「おい……」
白石が呼び止めたが、尺蛇は答えない。食堂を飛び出すと逃げるように階段を駆け上がっていった。一同は黙ったまま、その背中を見送った。
「何や、あいつ……」
「どう見ても、何の心当たりもない人間の反応には見えなかったわ」
真門に続いて中藤が冷静に言った。
細貝と白石は尺蛇を追おうとしたが、その直前、真門が勢いよく立ち上がった。
「おい」
真門は俊夫へ向き直った。
「お前ら、本当に何も知らんのやろうな」
俊夫が震える指で停止ボタンを押した。
「は、はい」
真門の怒気を正面から受けながら答える。
「私どもも、このような内容とは存じ上げませんでした」
「嘘つけ! このCDを預かっとったんはお前らやろ!」
真門が俊夫へ詰め寄ろうとする。白石がすぐにその間へ入った。
「真門、やめろ」
「どけや!」
「この2人を問い詰めても、今は何も出てこない」
「何で言い切れるんや!」
「少なくとも、あの音声を聞いた時の反応は演技には見えなかった」
白石が恵へ目を向ける。恵は青ざめた顔で、俊夫の後ろに立っていた。
「わ、私たちだって、宇治山様には一度もお会いしたことがないんです」
恵が声を震わせながら言った。
「指示は全部メールで、給料も振り込みで……こんなことになるなんて、聞いていません」
「では、あのCDはどのように届いたの?」
中藤が尋ねた。
「数日前、皆様を迎える準備のために屋敷へ参りました際、厨房に置いてありました」
俊夫が答える。
「宇治山様からの指示はメールにて承っております。CDの指示も同様に……」
榊原は全員を見渡すと、ようやく口を開いた。
「ここで疑い合えば、あの声の主の思うつぼだ。まずは、本当に我々へ危害を加える意図があるのか確認すべきだ」
「確認って、どうやるんですか?」
春山が尋ねた。
「宇治山を探す。屋敷の中と周辺を調べる。それから、外へ連絡する方法がないか確認する」
「そんなんせんでも、船で帰ればええやろ」
真門が即座に言った。
「今すぐ新庄を呼び戻せ。こんな島、もう一秒もおりたないわ」
「呼び戻す方法がありません」
細貝が答えた。
「携帯電話は圏外。屋敷に固定電話も通信設備もない。新庄さんが戻るのは3日後です」
「船着き場に無線ぐらいあるやろ」
「新庄さんの船に積まれていたとしても、船はもうここにはありません」
「なら、宇治山の船を探せばええ!」
「来ていないから、あのCDを再生したんでしょう」
中藤の言葉に、真門は口を閉ざした。誰もが同じ事実へ行き着いていた。島を出るための船はない。外部へ連絡する手段もない。そして、次に船が来るのは3日後。
「つまり……」
可憐が青ざめた顔で呟いた。
「私たちは、ここから出られないということですか?」
誰も何も答えなかった。窓の外では、暗い森が風に揺れていた。




