第9話
「……尺蛇さんの様子を見てきます」
細貝が椅子から立ち上がると、白石もそれに続いた。
「俺も行こう。今のあいつを一人だけにしておくのはよくない」
2人が食堂を出るのを見届けてから、榊原は真門へ向き直った。
「真門君……それから原井場君。先ほどの主張についてだが」
「あん?何のことや」
「我々は犯行予告とも受け取れるメッセージを聞かされたわけだが、君たちは何故そんなに楽観的なのかね」
「楽観的やと?」
真門が眉をひそめる。
「ワシは今すぐ帰る言うとるんやぞ。どこが楽観的やねん」
「帰る手段がないと分かった途端、君は宇治山氏の船を探せと言った。しかし、その船が本当に存在するのか、どこにあるのかも確認していない。思いついたことを口にしているだけではないかね」
「ほな、黙ってここで殺されるん待っとけ言うんか!」
「そのようなことは言っていない。感情に任せて動けば、かえって危険だと言っているのだ」
榊原は原井場へ視線を移した。
「原井場君も同様だ。ドッキリだと言い張る根拠は何かね」
「根拠って……普通に考えたらそうだろ」
「普通とは何だ」
「だから、いきなり罪人だの罰だの言われて、本当に殺されるとか考える方がおかしいって言ってるんですよ」
原井場は椅子へ深く腰掛け、余裕を見せるように足を組んだ。しかし、貧乏揺すりをする右足は止まっていない。
「たぶん、俺たちの反応を撮ってるんですよ。あとでネタばらしして、動画にでもするんじゃないですか」
「隠しカメラは見つかったの?」
中藤が尋ねる。
「これから探せばいいだろ」
「見つかってもいないものを根拠にしているのね」
「うるさいな。じゃあ本当に殺されるって証拠でもあるのかよ」
「ないわ」
中藤は平然と答えた。
「だから両方の可能性を考えるべきだと言っているの。あなたは自分が安心できる方だけを信じている」
「何でも悪い方に考えるよりマシだろ」
「現実から目を逸らすことを前向きとは言わないわ」
「また始まった……」
獅子谷が呆れたように息を吐く。
「中藤さんって、人を不安にさせることしか言えないの?」
「事実を口にしているだけよ」
「じゃあ具体的にどうするつもりなの?」
「屋敷の中を調べるべきよ」
中藤は即答した。
「この状況で何も確認しないまま部屋へ戻る方が危険だわ」
「今からやるんか?」
「早い方がいいでしょう。時間を与えれば相手が場所を移したりする可能性がある」
「私も同意見だ」
榊原は静かに頷いた。
「少なくとも、屋敷内の安全を確認する必要はある。危害を加える意図がある者が潜んでいるなら、手遅れになる前に見つけるべきだろう」
「ちょっと待てや」
真門が露骨に顔をしかめた。
「今からこの広い屋敷を歩き回る気か? 外はもう真っ暗やぞ」
「屋敷の中には照明がある」
中藤が答える。
「屋敷の中だけで済む保証ないやろ。宇治山の船を探すんやったら、結局は外も見なあかん」
「船の捜索は明日に回せばいいわ。今夜は屋敷内だけでも確認する」
「ワシは嫌やで」
真門は腕を組み、椅子へ深く座り直した。
「誰か隠れとるかもしれへん言うとる場所に、わざわざ探しに行くアホがおるか。武器でも持っとったらどうすんねん」
「先ほどまで宇治山を探せと言っていたではないか」
榊原が指摘すると、真門は苛立たしげに舌打ちした。
「帰るための船を探せ言うたんや。殺人鬼と鬼ごっこせえとは言うてへん」
「殺人鬼がいると決まったわけではない」
「ほな、探す必要もないやろ」
「俺もやめた方がいいと思いますけどね」
原井場が口を挟んだ。
「どうせドッキリなんだし、こっちが必死になって探し回ったら、向こうの思うつぼでしょ」
「さっき隠しカメラを探すと言っていたでしょう」
中藤が冷たく言う。
「明日でいいって話だよ。今夜じゃなくても逃げないだろ、カメラは」
「隠れている人間は逃げるかもしれないわ」
「本当に誰かいるなら、こっちから会いに行く方が危ないだろ」
原井場は平静を装っていたが、足先は落ち着きなく床を叩いていた。
「俺たち、警察でも探偵でもないんですよ。何かあったら責任取れるんですか?」
「何もしなかった結果、襲われたら?」
「だから、そんなこと起きないって言ってんだろ。いちいち大げさなんだよ」
「私も、今夜はやめた方がいいと思います」
春山がおずおずと手を挙げた。
中藤が視線を向けると、春山はわずかに肩を縮めたが、そのまま続けた。
「だって、もう夜ですよね。暗い場所もあるでしょうし……」
「懐中電灯があるか確認すればいいわ」
「そういう問題じゃなくて」
春山は食堂の外へ目を向けた。廊下には灯りがついていたが、階段の上はここからでは見えない。
「もし本当に誰か隠れてたら、見つけた時にどうするんですか? 話を聞くんですか? 捕まえるんですか?」
「人数で囲めば、相手も簡単には手を出せないでしょう」
「相手が刃物とか持ってたら、人数なんて関係ないじゃないですか」
自分の言葉で恐怖が増したのか、春山の顔が強張る。
「私も春山さんに賛成ですわ」
可憐がすぐに続いた。
「皆さん、今は気が動転していらっしゃいます。冷静でない状態で歩き回るのはよくないかと……」
可憐は榊原と中藤を交互に見た。
「もちろん、危険な人物がいる可能性も怖いです。ですが、それならなおさら、夜に探し回るのは危険ではありませんか?」
可憐はそう言いながら、周囲の反応を窺った。
「真門さんも原井場さんも春山さんも、今夜は反対されておりますし……無理に決めるのはよくないと思います」
「私もよ」
獅子谷は納得できないように挙手した。
「私は絶対行かないから」
食堂の空気は一層険悪になっていた。




