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第7話

 食後のデザートを食べ終える頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。俊夫と恵が空になった皿を順番に下げていく。食器の触れ合う音だけが、妙に大きく響いていた。

「ごちそうさん。うまかったわ」

 真門が腹をさすりながら、満足そうに椅子へもたれかかった。

「ほんま、料理は文句なしやな。こんな島やなかったら、また食いに来てもええぐらいや」

 恵は笑顔で一礼し、真門の前から皿を下げる。

「お褒めいただき、光栄でございます」

 恵の機嫌は悪くないようだった。厨房へ戻る足取りも、先ほどよりわずかに軽い。中藤は皿の上に残ったチョコレートの跡を見つめたあと、フォークを静かに置いた。

「宇治山さんはまだ来ていないの?」

「はい。まだお越しになっておりません」

 俊夫は時計を確認し、困ったように眉を下げた。

「いつ来るかとかは分からないんですか?」

 細貝がナプキンで口元を拭いながら言った。

「私どもが伺っておりますのは、遅くとも明日までに到着されるということだけでございます」

「随分と曖昧だな」

 白石は空席のままになっている宇治山の席を見つめていた。食事が始まる前から用意されていた皿とグラスは、一度も使われないまま残されている。食堂の空気が再び重くなる。厨房から戻ってきた恵は、その様子を見てわずかに眉をひそめた。

「食後のお飲み物をお持ちいたします」

 恵は俊夫とともに厨房へ戻った。

 

「このまま待つのかね」

 榊原が時計を見ながら言った。

「好きにしろよ。俺は小川さんを待つからな」

「小川さんが今日来るという話は、誰から聞いたんですか」

「宇治山って人が来るなら、小川さんたちも一緒に来るかもしれないだろ」

「また推測ですね」

「うるさいな」

「もうええやろ」

 真門が大きな欠伸をした。

「来るなら来る、来んのなら来ん。それだけの話や。ワシは眠うなってきたで」

 しばらくして、恵が飲み物を載せたワゴンを押して戻ってきた。俊夫もその後ろに続き、それぞれの前へカップを置いていく。コーヒーの香りが食堂に広がり、先ほどまでの肉料理の匂いを少しずつ薄めていく。

「ごゆっくりお過ごしくださいませ」

 一同は飲み物を口にしながら宇治山の到着を待ったが、玄関の扉が開く気配はなかった。


 しばらくして、午後8時を知らせる柱時計の音が、屋敷の中にゆっくりと響いた。その音が止むと同時に、俊夫が手にしていた盆を静かに置いた。厨房へ戻ることもなく、食堂の入口に立ったまま動こうとしない。何かを言おうとしているようだったが、すぐには口を開かなかった。その様子に最初に気づいたのは白石だった。

「どうした」

 俊夫はわずかに間を置いて、静かに答えた。

「皆様に、お伝えしておかなければならないことがございます」

 食卓を囲む者たちの視線が俊夫へ集まった。

「宇治山様より、あらかじめ指示を受けております」

「指示?」

「はい」

 俊夫は一度厨房へ戻ると、透明なケースに入ったCDとラジカセを持ってきて、宇治山の空席の前へ置いた。

「宇治山様が午後8時までにご到着されなかった場合、こちらを再生するよう申しつけられております」

「何が入っとるんや」

「私どもも、内容は存じ上げません」

 俊夫はケースを開いた。白い盤面には、黒い文字で『津伊世島へお越しの皆様へ』と書かれている。CDを取り出してラジカセへ入れると、食堂にいる全員へ向き直った。

「それでは、再生いたします」

 誰も口を開かなかった。再生ボタンが押し込まれ、スピーカーから雑音が流れた。やがて、低く落ち着いた男の声が聞こえてきた。

 

『津伊世島へお越しの皆様。私は、この島の所有者である宇治山慎一と申します』

 それは、宇治山を名乗る男からのメッセージだった。

『まずは、私の都合により直接ご挨拶できないことを、深くお詫び申し上げます』

 丁寧で感情の乏しい声が続いた。

『このような時勢のなか、遠方より足を運んでいただき、誠にありがとうございます。皆様には、用意した食事と屋敷での滞在を、心ゆくまでお楽しみいただきたいと考えております』

 原井場が鼻で笑った。

「なんだよ、ただの挨拶じゃん」

 その直後、声の調子がわずかに変わった。

『もっとも――皆様をこの島へお招きした理由は、親睦でも、慰労でも、交流でもございません』

 食卓を囲む者たちの動きが止まった。

『ここにいる12人の皆様は、それぞれ異なる人生を歩んでこられました。職業も、年齢も、立場も違います。しかし、ひとつだけ共通点があります』

『あなた方は、罪を犯しながら、裁きを免れた人間です』

『証拠が足りなかった者。立場や権力によって守られた者。自らの行いを罪とすら認識していない者。そして、自らを被害者と偽る卑怯者……』

「何を言うとるんや……!」

 真門が低く呟いたが、録音された声は構わず続いた。

『本来であれば、皆様の行いには、それぞれに相応しい罰が与えられるべきでした。しかし、皆様は今日まで、その責任を負うことなく生きてこられた』

『皆様には、この島で自らの罪と向き合っていただきます。自ら口を開き、真実を告白する機会もございます。もちろん、何も語らず沈黙を選ぶことも皆様の自由です』

『ただし、いずれを選ばれたとしても、過去から逃れ続けることはできません。皆様がこれまで奪い、壊し、踏みにじってきたものに見合う代償を、ここでお支払いいただきます』

 数秒の沈黙の後、雑音の向こうで男がわずかに息を吸う音が聞こえた。

『それでは皆様、どうか最後まで、有意義な時間をお過ごしください』

 音声はそこで途切れた。

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