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第1部  第2章  第2話  暴君の距離感が近すぎて、授業になりません

【作者より】

ご愛読ありがとうございます!

時空魔法でドヤ顔の反撃を試みたエルシアですが、それが裏目に出て暴君レオンの「狩人スイッチ」を完全に押しちゃいました……!

距離感がバグり始めたレオン皇子の猛攻は止まりません!


「——おい、エル。そこだ。そこをもう一度説明しろ」


耳元で、低く掠れた甘い声が響いた。

(……ち、近い……っ!!)

私は背筋をピンと伸ばし、冷や汗が頬を伝うのを必死で耐えていた。

現在、時刻は午後の二時。場所は皇子専用の書斎。

本来であれば、家庭教師である私が机の前に立ち、教え子であるレオンが席に座って講義を受けるのが正しい構図のはずだ。

だが、今の状況は違っていた。

レオンは私の一歩後ろにぴったりと寄り添い、背後から包み込むような体勢で、私の手元にある地図を覗き込んでいる。

彼の胸板の厚みが背中に伝わってきそうだし、一息吸い込むだけで、彼から漂う上質なセージと白檀びゃくだんの香りが鼻腔をくすぐる。


「殿下……あの、少々距離が近すぎるのではございませんか?」


「なにがだ? 指導に集中するため、教官の示している箇所を近くで見ているだけだ」


レオンは琥珀色の瞳を悪びれもせずに輝かせ、私の顔の目と鼻の先でしれっと言い放った。

前髪の銀糸が、私の頬に触れてくすぐったい。

(この男……前日までの「ゴミを見るような冷酷な目」はどこへ行ったのよ!?)

前回の「暗号解読イカサマ大作戦」以来、レオンの態度が一変した。

かつて十三人の家庭教師を恐怖と冷遇で追い払ったという「不敗の暴君」はどこへやら。今では講義の時間になると、何食わぬ顔で私のパーソナルスペースへとぐいぐい侵入してくるのだ。


「……では、続けますわ」


私は咳払いを一つして、気持ちを切り替えた。

動揺を見せれば、この観察眼の鋭い皇子に隙を与えることになる。


「先ほども申し上げた通り、我が国……あ、失礼。帝国と南方の交易ルートにおいて、最大のボトルネックとなっているのはこの『竜の喉元』と呼ばれる峡谷です。ここは盗賊の被害が絶えず、流通コストを押し上げる原因となっています」


「ふむ。で、お前ならどう解決する?」


レオンが腕を伸ばし、私の手から羊皮紙を奪うふりをして、そっと私の指先に自分の指を重ねてきた。

びくっと肩が跳ねる。


「で、殿下……っ!」


「答えろ、エル。……指先が冷たいな。体調でも悪いのか?」


レオンは私の反応を試すように、指先から手首へとすっと滑らせ、そのまま私の脈拍を測るように軽く握りしめてきた。

琥珀色の瞳に宿っているのは、冷酷さではなく、あからさまな「執着」と「愉悦」の色だ。


(あ、遊ばれてる……!? この男、私が動揺するのを楽しんでるわね!?)


不敗の暴君は、ただの意地悪な天才でもあったらしい。

だが、私とてただやられるだけの女ではない。何しろ私には、人類最強の武器があるのだ。


(反撃開始よ!)


チク、タク。


(『時空の権能』——三秒だけ巻き戻し!)


カチリ、と世界の時間が三秒前へと巻き戻る。


レオンの手が、私の指先に触れる直前の瞬間。

動きを完全に「予知」した私は、彼が手を伸ばしてきた瞬間に、スッと優雅に手を引いて彼の指をすり抜けた。そして、くるりと振り返ると、レオンの目と鼻の先でニッコリと微笑んで見せた。


「——指先が冷たいのは、殿下が不意打ちで手をお触れになるからでございますわ」


「……っ!?」


完璧なタイミングで先手を打たれたレオンは、空を切った自分の手を呆然と見つめ、それから激しく目を見開いた。


「お前……なぜ俺が手を伸ばすのが分かった……?」


「家庭教師ですもの。教え子の考えることなど、手に取るように分かります」


ドヤ顔で胸を張る私。

(どうだ! 時空魔法を使った完璧な未来予知! 甘い雰囲気に呑まれると思ったら大間違いよ!)


しかし、私の勝利の笑みは長くは続かなかった。


驚愕に目を見開いていたレオンが、一瞬の沈黙の後、ハッと短く息を吐いた。

そして次の瞬間——彼の整った顔全体が、今まで見たこともないほど、妖しく華やかに綻んだのだ。


「ハ……ハハハッ! やはりお前は面白い……!」


「え……?」


「俺の動向をすべて見抜き、一歩先を行く。……なぁエル、お前は本当にただの家庭教師か? それとも、俺を惑わすために天から降ってきた魔女か?」


レオンは一歩踏み込むと、私が逃げる間もなく、両腕で私を挟むようにして後ろの書架へと追い詰めた。

いわゆる「壁ドン」の体勢である。


「ひゃっ……!?」


「逃げられると思うなよ。お前が俺の先を読むというなら……俺はお前が予測すらできない速度で、お前を奪うだけだ」


顔が近い。

熱い息が唇に触れそうなほどの至近距離。レオンの琥珀色の瞳が、燃え盛る火のように爛々と輝いている。


「俺は一度欲した獲物は、決して手放さない。……お前が何を隠していようと、その身体も、その驚異的な頭脳も、すべて俺のものにしてみせる」


(な、なに言ってるのこの教え子ぉぉぉーっ!!??)


私の心臓が、早鐘のように激しく打つ。

時空魔法で数々の困難を乗り越えてきた私だったが、思春期真っ只中の天才皇子から向けられる、直球すぎる殺傷能力抜群の好意(という名の狂愛)には、何の耐性も持っていなかったのだ。


その時。


コンコンッ!


「失礼いたします! レオン殿下、エルシア様……あ」


お茶を運んできた侍女のフィナが扉を開け、そのまま固まった。

壁際に私を追い詰め、顔を極限まで近づけている皇子と、顔を真っ赤にしてフリーズしている私。


「あ……あ……失礼いたしましたぁぁぁっ!!」


ガチャンッ! とお盆ごと床に落とし、フィナは猛スピードで扉を閉めて走り去っていった。


「違っ……フィナ、誤解よーーっ!!」


私の叫び声が、書斎の中に空しく響き渡ったのだった。


©2026 [インフィニティ・G・イプシロン]. All rights reserved.

次回、第1部 第2章 第3話! 明日、6:30に投稿予定です。

ついにレオンの過保護&激甘ぶりが爆発し、宮廷全体を巻き込む大騒動に……!?


「ニヤニヤした!」「レオンのデレがヤバい!」と思ってくださった方は、

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