第1部 第2章 第3話 溺愛の過保護皇子と、宮廷を揺るがす噂話
「——おい、エル。スープの温かさはちょうどいいか? 一口飲んでみろ。熱ければ俺が吹き冷ましてやる」
「……殿下。私は病人でも幼子でもありませんわ。自分でいただけます」
「ダメだ。昨日の今日だぞ。フィナから聞いたが、お前は昨夜、あまり眠れずにベッドで何度も身悶えしていたそうじゃないか。俺のせい(・・・・・)で体調を崩されたら寝覚めが悪い」
(フィナのバカーーーっ! 余計なことを吹き込まないで!!)
私は心の中で絶叫しながら、豪奢な食堂のテーブルで深々と頭を抱えた。
あの日、フィナに決定的な現場(壁ドン)を目撃されてからというもの、宮廷内に激震が走っていた。
『あの冷酷無比な第一皇子殿下が、新任の女性家庭教師を自室で追い詰めておられた……!』
『いや、すでに手篭めにされたらしいぞ!』
『暴君を狂わせた、恐ろしい傾国の美姫が現れた……!』
尾ひれはひれどころか、背びれや羽まで生えた尾ヒレ満載の噂話が、あっという間に城内に拡散されたのだ。
その結果、何が起きたか。
「エル。喉が渇いたなら言ってくれ。高級な果実水を用意させた」
「エル。膝掛けがズレている。動くな、俺が直す」
「エル。今日の講義は中止だ。お前は俺の腕の中で休んでいればいい」
あの不敗の暴君が、重度の過保護&過剰スキンシップ男へと変貌を遂げてしまったのである。
「殿下、いい加減にしてくださいませ。周囲の近衛兵や侍女たちの視線が痛くて、私、生きた心地がいたしません……」
私はヒソヒソ声で訴えた。
食堂の壁際に並ぶ近衛兵たちは、「あの殿下が女性のお世話を……!?」と感動と驚愕で目を丸くしているし、侍女たちは羨望と恐怖が混ざったような微妙な視線を私に送っている。
「気にする必要はない。文句がある奴は俺が全員、辺境の警備に飛ばす」
「そういう乱暴なところが『暴君』と言われる所以ですのよ!」
私がフンスと息を荒くして抗議すると、レオンは一瞬だけ意外そうに目を見張り、それからくつくつと喉を鳴らして笑った。
「言わせておけばいい。……だがエル、お前が噂を気にするなら、いっそ噂を『事実』にしてしまえばいいのではないか?」
「……はい?」
レオンはスッと立ち上がると、私の背後に回り込み、椅子に座る私の肩を抱くようにして耳元に顔を寄せた。
「俺の正式な『側室』……いや、『皇妃』になれ。そうすれば、誰も文句は言わん」
「なっ……!???」
口に含まされたスープを、あやうく吹き出すところだった。
顔が一瞬で爆発したように熱くなる。
「な、なにを戯言をっ! 教え子からの求婚など、お断りです! だいたい、私はただの平民出身の家庭教師(という設定)ですのよ!?」
「身分など俺がどうとでもしてやる。お前が望むなら、一国を滅ぼしてでも新たな地位を与えてやるぞ」
「物物しい愛の囁きはやめてください!!」
本気で言いかねないのがこの男の恐ろしいところだ。前世で我が国をあっさり滅ぼした男の言葉には、洒落にならない重みがある。
(危険だわ……! 逃げ道を作って破滅を回避するはずが、レオン殿下の激甘な執着のせいで、別の意味で逃げ場がなくなっている……!)
私が本気で困惑していると、突然、食堂の重厚な扉が激しく叩かれた。
「レオン殿下! 緊急事態でございます!」
飛び込んできたのは、顔を真っ青にした宰相だった。
彼は部屋に入るなり、私とレオンの距離感を見て一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに切迫した面持ちで叫んだ。
「宮廷暗部より報告が入りました! 東方の小国……我が国と親善条約を結んだばかりの『神聖神殿国』の神殿長が、我が国の過激派勢力と裏で通じ、皇帝陛下暗殺の陰謀を企てているとの噂が……!」
「……なに?」
レオンの瞳から甘さが一瞬で消え去り、冷酷な過激派将軍の顔へと戻った。
そして——私、エルシアの全身の血が、スーッと引いていくのが分かった。
(神聖神殿国の、神殿長……? それって……私のお父様……!?)
私が逃げ出したはずの祖国。そして、私を死に追いやった実の父親。
前世で起きたはずの謀反の動きが、すでにこの大帝国の暗部によって察知されつつあるのだ。
「フン……裏切り者のネズミどもめ。まとめて潰すまでだ」
レオンは冷ややかに言い放ち、腰の剣の柄に手を当てた。
「宰相、暗部を総動員して内通者を炙り出せ。……神殿国の神殿長とやらも、生かして捕らえる必要はない。一族郎党、皆殺しにして晒し首にしろ」
「ハッ!」
(皆殺し……!?)
父が殺されるのは自業自得だ。だが、もし父の調査が進み、「神殿長の娘・エルシアが姿を消している」という事実が露呈したら?
そして、その娘が偽名を使って、レオンのすぐ隣に潜り込んでいることがバレたら……?
(私は『敵国の寝返りスパイ』として、今度こそレオン殿下の手で首を斬られる……!?)
背中に冷や汗が吹き出す。
逃げてきたはずの過去の影が、巨大な嵐となって私とレオンの間に襲いかかろうとしていた。
「どうした、エル? 顔色が悪いぞ」
レオンが怪訝そうに私の頬に触れてくる。その手は、先ほどまでの熱い過保護さに満ちていた。
「あ……いいえ、なんでもありませんわ、レオン殿下……」
私は必死で引きつる笑みを浮かべた。
(ダメよ、怯えちゃダメ。私には『時間の権能』がある。どんな運命が来ようと……絶対にやり直してみせる!)
しかし、レオンの琥珀色の瞳は、私のわずかな動揺を見逃さなかった。
彼の奥底で、冷徹な観察眼と、ドロリとした重い狂愛が同時に渦巻き始める。
「……そうか。ならいい」
レオンは私の腰を抱き寄せ、耳元で静かに、けれど逃がさないように囁いた。
「安心しろ、エル。何が起きようと、俺がお前を守ってやる。……たとえお前が、どんな秘密を隠していようともな」
不敗の暴君の過保護な愛と、忍び寄る破滅の足音。
第一部・第2章は、波乱の予感を孕んだまま、幕を閉じた。
【作者より】
第1部・第2章をお読みいただき、ありがとうございました!
噂話から爆発したレオンの超絶過保護&求婚ラッシュ!
しかし、ついにエルシアの過去(父親の謀反)が影を落とし始めます……!
次回から**第1部・第3章(レオンのトラウマと不器用な信頼編)**へ突入します!
迫り来る破滅の影に対し、エルシアは持ち前のイカサマ時空魔法でどう立ち向かうのか!?
そしてレオンの溺愛はどこまで加速するのか!?
続きが気になる方は、ぜひページ下部の**【★★★★★】評価とブックマーク登録**をお願いいたします!
明日、また 6:30 に、投稿予定です。




