第1部 第2章 第1話 暴君の心を開くための、正当なるイカサマ教育
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本作は「身に覚えのない罪で裏切り者の娘として追放されたヒロイン」が、時間を巻き戻す権能を駆使して未来を変えようとするものの、なぜか敵国の美貌の皇子に超絶溺愛されてしまう【時空操作×教育系ラブコメファンタジー】です。
ざまあ・スカッと展開はもちろん、甘々のすれ違いラブコメをたっぷり詰め込みました!
毎日のスキマ時間に、ニヤニヤしながらお楽しみいただけますと幸いです!
第2章のスタートです!
時空魔法を使った「誰も見ていないところでの超努力」で、またしても暴君レオンをギャフンと言わせたエルシア!
しかし、ドヤ顔のエルシアに対して、レオンの視線が徐々に怪しくなってきて……!?
「——というわけで、エル。今日からこの俺の家庭教師として、お前には三つの義務を課す」
豪奢な天蓋付きベッドと膨大な蔵書が並ぶ、第一皇子・レオンの私室。
大きな執務机の前に立たされた私に対し、レオンは足を組み、顎を小さく上げながら命じた。
「一つ、俺が召喚したときは昼夜を問わず三分以内に駆けつけること。二つ、俺の問いには一切の嘘偽りなく答えること。そして三つ——」
レオンは琥珀色の瞳を細め、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた。
「お前が使った『俺の思考を先読みするからくり』を、この俺が暴くまで絶対に逃げ出さないことだ」
(やっぱり、完全に怪しまれているわね……)
私は心の中で小さくため息をつきつつ、淑やかな笑みを崩さなかった。
昨日の対面で、私はレオンが未来で実行するはずだった『湿地帯の奇襲作戦』を完璧に言い当ててみせた。天才と謳われる彼にしてみれば、自分が誰にも話していない思考を読まれたのだから、疑うのも当然だ。
「承知いたしました、レオン殿下。ですが、教える側の私からも条件がございます」
「ほう? 俺に条件を付ける気か」
「ええ。殿下が私の指導を真面目に受けてくださるなら、私は決してお側を離れません。……ただし、殿下が嫌がるからと暴力を振るったり、課題を放棄される場合は、即座に辞任いたします」
強気に言い放つと、レオンは一瞬だけ呆気に取られたように目を見張り、それからクツクツと低く笑い出した。
「ハッ、度胸だけは買った。いいだろう。お前がいつまでその余裕を保てるか、見ものだな」
レオンはスッと立ち上がると、机の上に置かれていた分厚い三冊の羊皮紙の束を、私に向かって押しやった。
「では、さっそく最初の授業だ。……お前の『実力』を見せてもらおう」
「これは……?」
「帝国全土の過去十年の徴税データ、および各領地の収穫高の記録だ。暗号化されている上に、一部の数字には前任の文官どもが隠蔽した『不正の痕跡』がある。お前が本物の天才なら、日没までにその不正箇所をすべて洗い出してみせろ」
横で控えていた侍女のフィナが、顔を真っ青にして青ざめた。
「そ、そんな……! これは専門の会計官が何週間もかけて分析する量の書類です! 日没までなんて、あと三時間しかありません!」
「出来なければ失格だ。お前はただのペテン師として、地下牢にぶち込んでやる」
レオンは嘲笑を浮かべ、試すように私を見つめている。
彼自身、この課題が不可能な難易度だと分かってやっているのだ。私の化けの皮を剥がし、屈服させるための『イジワル』である。
(ふふっ、青いわねレオン殿下。私を誰だと思っているの?)
私は袖の中でそっと右手を握りしめた。
(私には、知識も計算力もない。けれど——『時間』だけは無限にあるのよ!)
「分かりましたわ、殿下。日没までに完璧な報告書を作り上げて見せます」
「……ふん、強がりを。せいぜいあがくんだな」
レオンはそう言い残すと、嘲笑を浮かべたまま部屋を出て行った。
レオンがいなくなった瞬間、私はスッと表情を消し、机の上の書類の束をバッと広げた。
「エルシア様! どうするのですか!? こんなの絶対に無理です! 今すぐ逃げましょう!」
「落ち着きなさい、フィナ。無理なのは『今の私』だけよ」
「え……?」
私は椅子に深々と腰掛け、羊皮紙の一枚目を手にとった。
暗号化された複雑な数字の羅列。暗号解読の知識など、私にはほとんどない。
(けれど、解読法を学ぶ時間なら……いくらでも作れる!)
胸に手を当て、意識を集中させる。
チク、タク。
(『時空の権能』——局所的タイムループ発動!)
カチリ、と世界が静止した。
部屋の中の空気、フィナの焦った表情、窓から差し込む陽光の角度すらもピタリと止まる。
私以外のすべての時間が止まった世界で、私は城の巨大な図書館へと歩を進めた。
誰にも邪魔されない時間の中で、帝国の暗号解読書を何十冊と読み込み、会計計算の専門書を泥臭く勉強する。解読に必要な知識をすべて頭に叩き込むまで、何十時間でも、何百時間でも集中する。
——読書と勉強が終われば、元の部屋に戻り、時間を再始動。
「……ふぅ。なるほど、帝国東部の領主が税率の計算式を誤魔化していたわけね」
「えっ……!? エルシア様、今一瞬ボーっとしたと思ったら、急にペンを走り込ませて……!?」
驚愕するフィナを余所に、私はさらさらと完璧な分析結果を羊皮紙に書き記していく。
知識がないなら、時間が止まっている間に勉強すればいい。
計算が遅いなら、時間が止まっている間に計算すればいい。
(誰も見ていないところで吐くほど努力して、表舞台では『一瞬で解いてみせた天才』を装う……! これぞ、私の正当なるイカサマ教育よ!)
チク、タク。
時間を止め、学び、書き、また時間を動かす。
三時間という制限時間は、私にとっては実質『三日間』に等しかった。
日没直前。
カツン、カツンと靴音を響かせ、レオンが部屋へと戻ってきた。
その顔には「そろそろ泣きついている頃だろう」という不敵な笑みが浮かんでいた。
「どうだ、エル。無駄な抵抗はやめて——」
「レオン殿下。ご命じられた報告書でございます」
スッ。
私が差し出した羊皮紙の束を受け取り、レオンは眉をひそめた。
「ハッ、適当な穴埋めをしただけだろ……っ!?」
一口目を通した瞬間、レオンの表情が一変した。
琥珀色の瞳が大きく見開かれ、顔から余裕が綺麗に消え去る。
「な……なんだこれは……!? 不正の指摘どころか、過去十年の税収漏れの補正計算、さらには来年度の地方税の最適化案まで書かれている……!? これを……たった三時間で……!?」
レオンの手が震えていた。
彼は信じられないものを見る目で、何度も書類と私の顔を交互に見比べた。
「お前……一体何者だ……? 解読に数日はかかる帝国の極秘暗号を、なぜ初見で完璧に解ける……!?」
当然だ。私だって初見では無理だった。時間が止まった空間で、暗号専門書を五冊丸暗記したのだから。
「言いましたでしょう、殿下? 私は貴方様の家庭教師です」
私は優雅に微笑み、呆然と立ち尽くすレオンへと一歩歩み寄った。
「貴方様はあまりにも優秀すぎて、周囲の人間が全員『愚か者』に見えていたのでしょう。だから、誰にも頼らず、誰も信用せず、一人で全てを背負おうとしておられた」
「……っ」
「ですが、もう大丈夫です。貴方様の上を行く『家庭教師』が、ここに居ますわ」
レオンの顔が、わずかに赤く染まった。
驚愕、動揺、そして……これまで誰にも理解されなかった孤独を突かれたことによる、激しい困惑。
「くっ……! 生意気なことを……!」
レオンは顔を背けたが、書類を握りしめる手には力がこもっていた。
彼の頭の中で、私という存在の認識が「怪しい女」から「理解不能な天才」へと書き換わった瞬間だった。
(ふふ、勝ったわ! これで当分の間は私を追い出そうなんて思わないはず!)
完璧なイカサマで勝利を確信した私。
しかし、この時の私は気づいていなかったのだ。
過剰なまでの完璧さと圧倒的な包容力を示してしまったことで、レオンの心の中に、ある「危険な感情」が急速に芽生え始めていたことに——。
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