第1部 第1章 第1話 反逆者の娘を辞めて、敵国の家庭教師になります
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本作は「身に覚えのない罪で裏切り者の娘として追放されたヒロイン」が、時間を巻き戻す権能を駆使して未来を変えようとするものの、なぜか敵国の美貌の皇子に超絶溺愛されてしまう【時空操作×教育系ラブコメファンタジー】です。
ざまあ・スカッと展開はもちろん、甘々のすれ違いラブコメをたっぷり詰め込みました!
毎日のスキマ時間に、ニヤニヤしながらお楽しみいただけますと幸いです!
「——正気ですか、エルシア様!?」
姿鏡の前で着替えを済ませていた侍女のフィナが、すさまじい金切り声を上げた。手に持っていた高級絹のドレスが、はらはらと床に落ちる。
「声が大きいわよ、フィナ」
私は人差し指を唇に当て、くすりと笑った。
鏡に映る私は、動きやすい男物の旅束ねに近い、地味な深緑のドレスに身を包んでいる。神殿長の娘としての華やかさは微塵もないが、今の私にはこれくらいがちょうどいい。
「正気も何も、大マジよ。私は今日、この屋敷を出て『大帝国』へ向かうわ」
「な、なぜです!? 本日よりお父様が大帝国へ赴かれるのですよ? お見送りもせずに姿を消すなど、神殿長様がお怒りに……」
「お父様なら大丈夫。私のことなんて『扱いやすい飾り人形』としか思っていないもの。……それにね、フィナ」
私は振り返り、フィナの肩を両手で優しく掴んだ。
「このままここにいたら、三年後、私たちは間違いなく死ぬわ。首を斬られてね」
「は、はいぃ……!? く、首……!?」
顔を蒼白にするフィナに、私はこれ以上の追及を許さない笑みを向けた。
未来の惨劇を説明したところで、信じてもらえるはずがない。だが、私には「確信」がある。
父は大帝国へ行った後、裏で敵国の過激派と結託し、この国を売り払う準備を始める。そして三年後、すべてが露呈したとき、その罪のすべては「神殿の巫女」である私に着せられるのだ。
(だったら、破滅の船からは真っ先に飛び降りるのが賢明でしょう?)
私は机の引き出しから、あらかじめ用意しておいた羊皮紙の束を取り出した。
それは、今朝がた帝国の商人から情報を買い叩き、手に入れた『大帝国宮廷の求人票』だ。
「見て、フィナ。大帝国で今、大々的に募集されているポストがあるの」
「求人……ですか? 『第一皇子殿下の専任家庭教師、急募。報酬は破格。ただし——過去三ヶ月で十二人が辞職(うち三人が精神衰弱)』……な、なんですかこの恐ろしい募集は!」
「最高の求人でしょ?」
私は満面の笑みを浮かべた。
「第一皇子・レオン殿下。弱冠十七歳にして帝国軍の将軍を務め、敵からは『不敗の暴君』と恐れられる超重要人物。けれど、あまりの苛烈さと気難しい性格のせいで、彼の家庭教師は誰一人として長続きしない……」
前世(やり直す前の時間)の記憶を辿る。
三年後、我が国をあっという間に踏み潰した帝国の若き天才将軍。それがレオン皇子だった。
冷酷無比で、人間らしい感情を持たないと噂されていたあの男。
(敵国の中心であり、同時に最も危険な男の懐。……そここそが、この国から追っ手が伸ばせない一番安全な『死角』よ)
「でもエルシア様! 仮にも神殿長の令嬢が、敵国の皇子の家庭教師なんて……第一、選考試験は明日ですよ!? 大帝国の王都まで、馬車で丸一日かかります! 今から出ては絶対に間に合いません!」
「大丈夫。間に合わせるわ」
私は右手を胸に当て、深く息を吐いた。
意識を集中させると、右手のひらに黄金色の光が宿り、小さな歯車の刻印が浮かび上がる。
(私の『時空の権能』……まだ発動条件や限界は完全には把握できていないけれど)
意識を「数時間前の自分」ではなく、「ほんの数十秒前の空間」へと集中させる。
時間を巻き戻すだけが時空魔法ではない。空間と時間の隙間を歪め、移動時間を圧倒的に圧縮する——『局所的な時間の加速』。
ちく、たく。
私とフィナの周囲だけ、風の流れが一気に加速する。部屋の中の燭台の炎が、猛烈な勢いでチラチラと揺れた。
「ひゃああっ!? な、なんですかこれ!?」
「フィナ、荷物をまとめて。裏口から出るわよ。……私についてくれば、絶対に幸せにしてあげるわ」
「え、ええぇぇ……っ!?」
呆然とするフィナの手を引き、私は神殿の裏口へと走り出した。
父親が豪華な馬車に乗り込み、民衆の歓声を受けながら出発する正面門を遠目に見下ろす。
(さようなら、お父様。貴方の野望の道連れにされるのは、前世だけで十分だわ)
翌日。大帝国・帝都ヴァルハイト。
壮麗な白亜の城壁がそびえ立つ帝国の宮廷門前には、眩いばかりの知識人や高貴な学者たちが集まっていた。
誰もが「第一皇子の家庭教師」という名誉と破格の報酬を狙って集まった優秀な受験者たちだ。
「ふん、見ろよ。あんな地味な娘が混ざっているぞ」
「どこかの没落貴族か? 皇子殿下の御前に出られる器ではないな」
ヒソヒソと囁かれる心無い言葉を、私は涼しい顔で受け流す。
私の隣で、侍女の変装をしたフィナがブルブルと震えていた。
「エルシア様……周囲は帝国屈指の学者や魔導士ばかりです……本当に大丈夫なのですか?」
「心配いらないわ、フィナ。試験の内容なら、もう『知って』いるもの」
「え?」
私は怪訝そうなフィナにいたずらっぽく微笑んだ。
実は、小一時間前。
私は一度、この筆記試験を受験していたのだ。
帝国特有の難解な古代語や、軍事地理学を網羅した極悪な難易度の試験問題。初見だった私は、惨死と言っていい出来栄えだった。
だから——時間を三十分だけ巻き戻した。
(試験問題を完全に暗記した状態での再受験……ふふ、死ぬほど狡猾なカンニングだけど、背に腹は代えられないわ!)
「これより、第一皇子殿下専任家庭教師の最終選考を行う!」
重厚な扉が開き、厳格そうな帝国の宰相が現れた。
「第一関問の筆記試験の制限時間は一時間。満点以外は即刻失格とする!」
配られた解答用紙に、私は迷いなくペンを走らせた。
すでに答えを知っている問題を解くのは、もはや作業でしかない。さらさらと羊皮紙が滑る音だけが室内に響く。
わずか十五分後。
「できました。提出します」
私がスッと立ち上がると、試験会場にいた全員が息をのんだ。
「な……!? 愚か者が、投げ出しか!」
「一時間かかる難問だぞ!?」
宰相が眉をひそめながら、私の提出した用紙を受け取る。
そして、そこに書かれた完璧すぎる解答を目にした瞬間——宰相の目が限界まで見開かれた。
「な……なんということだ……! 完璧だ……! 帝国の歴史問題、超難解な軍事暗号の解読、さらには皇子殿下の過去の論文の矛盾点まで正確に指摘している……!?」
宰相の手がガタガタと震え出す。周囲の受験者たちが騒然となった。
「あ、あなたはいったい何者なのだ……!?」
問い詰められた私は、胸に手を当て、最高に淑やかで、完璧な淑女の礼(ルビ:エレガント・ボウ)を披露した。
「ただの流浪の家庭教師でございます。……『エル』とお呼びください」
本名のエルシアを隠し、偽名を使う。
これでいい。私は「反逆者の娘」ではなく、ただの優秀な家庭教師「エル」として、この宮廷に足を踏み入れるのだ。
「す、素晴らしい……! 合格だ! 君こそが、レオン殿下の十四人目の家庭教師だ!」
歓声とどよめきが上がる中、私は心の中で小さくガッツポーズをした。
第一関門クリア。これで生活基盤と身分は確保した。
だが、その時の私はまだ知らなかったのだ。
この後、噂通りの「不敗の暴君」であり、超絶怒級の問題児である美貌の皇子・レオンと対面し——私の「時空魔法を使ったカンニング教育」が、激しいすれ違いと波乱の渦を引き起こすことになるということを。
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【作者より】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
断頭台からのやり直し、そして敵国への潜入……!
果たしてエルシアは無事に逃げ切り、破滅の運命を変えることができるのか!?
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