巨大ハリネズミの訴え
どうしてか、ゆっくりゆっくりと時間が過ぎていくように感じる。
死に逝く瞬間は、このようになってしまうのだろうか。
命の危機に瀕するのは二回目だというのに、わからないことだらけだ。
一度目の人生は、私が死んだとしても、誰も悲しまなかっただろう。
二回目の人生は?
少なくとも、ハルトヴィヒ様は死を悼んでくれるだろう。
出会ったときの、ハルトヴィヒ様の嬉しそうな表情が甦ってくる。
あんなふうに、温かく迎えてもらえるなんて夢にも思っていなかった。
彼はとても紳士で、働き者で、頑張り屋さんで……。
辛いことや悲しいこと、大変なことを一人で抱え込んでしまうような印象があった。
そんなハルトヴィヒ様を妻として支えたい。
辛いことも、悲しいことも、大変なことも、分かち合いたいと、初めて思えるような男性だった。
妻となって、ずっと傍にいたい。
共に生きたい、そう思っていた。
それなのに、こんなところで命を落としているなんて。
まだ何も成し遂げていないのに……。
そうだ、そうだった。
私はハルトヴィヒ様のために何もできていない。
こんなところで死んでいる場合ではなかった。
さまざまな思いが、一瞬のうちに駆け巡った。
死んでいる場合ではない。
そんな強い思いが浮かんでくるのと同時に、打開策を思いつく。
間に合うかわからない。
けれども私は叫んだ。
「――自動吸収」
魔石工房の能力を用いて、荒野の荊を吸収してしまおうと思ったのだ。
魔石工房は魔法の鞄にある。
手にしていないので、効果が発揮されるかわからない。
一縷の望みに賭けて、呪文を口にした。
目と鼻の先に、荒野の荊が迫る。
誰かの悲鳴も聞こえた。
間に合わないかもしれない。
そう思った瞬間、魔法陣が浮かび上がる。
自動吸収が発動され、私の眼前に迫っていた荒野の荊を呑み込んだ。
「はあ、はあ、はあ……!」
間に合った。
本当によかった。
心臓がばくばく脈打つ。
魔石工房の自動吸収は、直接手にしていなくても発動されることがわかった。
とっさの判断で、よく思いついたものだ。
これも、生きることへの貪欲さがそうさせたのだろう。
無事、ルイは救出できた。
誰一人命を落とすことなく、達成できたのだ。
誇らしい気持ちになったものの、私もこの上々から脱しなくてはならないのだ。
巨大なハリネズミだというこの生き物は、何かを訴えるように鳴いていた。
ブリーゼ様が大鷲で救出を試みているようだが、そのたびに荒野の荊が発射されるので、ルイのときのように上手くいかない。
『ピイイイ、ピイイイイイイ!!』
巨大ハリネズミは旋回する大鷲を睨み付け、威嚇するように高い声で鳴く。
その視線の先には、ルイがいるように思えた。
ルイがこの子に何かしたのだろうか?
「どうかしたのですか? ルイが何かしました?」
そう問いかけると、巨大ハリネズミは答えるように鳴いた。
『ピイ、ピイイイイ、ピイイイイイ!!』
何を言っているのか、まったくわからない。
まーちゃんのときのように、契約したらわかるだろうか。
おそらくこの子は魔物ではないだろう。
まーちゃんと同じ妖精か、精霊、幻獣の類いに違いない。
ブリーゼ様も同じように思っているので、攻撃してこないのだろう。
『ピイ、ピイイイ、ピイイイイイイ!!』
幸いと言うべきか。この子は私の言葉を理解しているように思える。
一か八か、交渉してみよう。
「わたくし、あなたのことを、助けられると思うのです」
荒野の荊に宙ぶらりん状態になっている人間に言われても、説得力なんてないだろう。
けれども、ダメ元でも試してみたいのだ。
『ピイ?』
「ですので、わたくしと、契約しませんか?」
解決したら、いつでも解約していい。
そう訴える。
「わたくしはあなたを、助けたいと思っています」
『ピイ!!』
ダメか……。
そう思った瞬間、契約の魔法陣が浮かんできた。
やった!
巨大ハリネズミは私との契約に応じてくれたようだ。
「承認します!!」
そう叫んだ瞬間、私と巨大ハリネズミの間に契約が結ばれる。
繋がりができた瞬間、この子がこの土地に古くから行き、この土地を守っていた精霊であることがわかった。
『ピイ、ピイイ、ピイイ』
「まあ!」
まーちゃんのように人語を喋ることはないが、契約を結んだ瞬間から言葉が理解できるようになる。
この子がずっと訴えていたのは主食であるウインド・リーフを採らないでほしい、ということだった。




