カーリンの提案
私は夫に、実家の支援とカーリンの滞在を頼み込んだ。
夫はそれくらいのことでいちいち許可を取るな、と冷たく言い放っていなくなる。
相変わらずの淡泊で冷たい態度だった。
ひとまず、実家関係のことはなんとかなりそうで、深く安堵する。
その後、私はカーリンを婚家に残し、実家に戻った。
出産するまではゆっくりできるだろう。そう思っていたのに、事件は起こる。
それはお腹の子がそろそろ目立ってくる頃で――再度、ブランデンブルグ家の侍女が私のもとにやってきて訴えたのだ。
なんでもカーリンが私の不在中、女主人のような振る舞いをしていると。
大人しくしているように言っていたのに、すぐこれである。
その日の晩、注意をしに戻ったところ、衝撃的な場面を目撃してしまった。
カーリンと夫が、共に夜を過ごしているというのだ。
脳天を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。
あの夫がカーリンに心を許すなんて、信じられなかった。
ショックのあまり夜も眠れなくなる。
一睡も眠れないまま朝を迎えた私に、カーリンがやってきた。
何をしにやってきたのか、と。
カーリン曰く、今では彼女のほうが奥方として扱われているらしい。
だからさっさと妻の座を明け渡してくれと言われた。
そんなこと許されない。
そう思っていたが、夫はそれでもいいとカーリンに言ったらしい。
さらに、カーリンは衝撃的なことを口にした。
「私、お腹に彼の子どもがいるみたいなの」
魔法医の診断で、妊娠の兆しがあると言われたという。
「だからね。あの人の妻の座を、私にちょうだい」
「カーリン、あなたはリンブルフ辺境伯の妻でしょうに」
「そんなのどうでもいいわ! あんな、妻をほったらかしにして魔物退治ばかりしている男なんか、夫でもなんでもないから!」
好き好んで魔物退治なんかしている人なんていないだろう。
きっと魔物がいることによって深刻な被害を受けているので、倒しに行っているに決まっている。
そう言っても、カーリンは納得しなかった。
「そんなにあの人を理解できるのならば、あなたがリンブルフ辺境伯の妻になればいいわ!」
カーリンはそう言って、少しここで待つように言う。
戻ってきた彼女の手には、魔石工房があった。
「これ一度も使えない、価値なんてないガラクタだったの! アウレリアお姉様にあげるわ!」
そう言って、カーリンは私に魔石工房を投げつけてきた。
「きゃあ!」
勢いよく飛んできたそれは、私の額に当たった。
ガッ!! と大きな音を立てて、魔石工房は床に落ちる。
その音を耳にするのと同時に、視界がぐらりと歪んだ。
ぽたぽたと滴るのは涙でなく、鮮血だった。
吐き気と頭痛に襲われ、立っていられなくなる。
その場に蹲ると、カーリンが高笑いしながら私の宝石工房を手にしていた。
「やっぱり、私はこっちがいいわ」
「カーリン、それは……!」
魔法の知識がないあなたには扱えない。
それは言葉にならなかった。
呼吸もままならなくなり、その場に倒れ込む。
「じゃあね、アウレリアお姉様!」
カーリンはそう言って、私のもとから去って行った。
残された私は、助けを求めようと手を伸ばす。
けれどもこういうときに限って、周囲に誰もいないのだ。
指先が魔石工房に触れた。
この世のありとあらゆる物で、魔石を作ることができる神々の遺物。
目の前に、真っ赤な文字が浮かぶ。
私はそれを、深く考えもせずに唱えた。
すると、魔石工房は眩い輝きを放つ。
暖かな光が私を包み込んだ。
もうどこも痛くないし、苦しくもない。
薄れゆく意識の中で、不思議と楽になれるのだ、と思った。
目を閉じると、楽園のような場所に誘われるように眠りに落ちた。
◇◇◇
「アウレリアお姉様ばかりずるいわ!!」
そんなカーリンの言葉でハッと我に返る。
目の前には、記憶にあるより少し幼いカーリンの姿があった。
どうしてか、ブランデンブルグ家の屋敷でなく、アルテンブルク家の屋敷にいる。
「私のほうが、ブランデンブルグ家のオリヴァー様に相応しいはずよ!!」
カーリンのその発言には、聞き覚えがあった。
それは遡ること三年前、父から持参品である宝石工房を渡される前の話である。
「アウレリアお姉様、これからお父様のもとに行って、どうにかならないか話し合いに行きましょう」
そう言ってカーリンは私の腕を強く引いた。
ここで、私は部屋にあった七曜表に気付く。
日付は――三年前。
いったいどういうことなのか?
「カーリン、お待ちになって」
「どうして? もしかして、マリッジブルーなの?」
「……」
やはり、何かがおかしい。
カーリンの腕を振り払い、私は走る。
屋敷も、使用人も、家令も、三年前のまま。
父も――。
「アウレリア、どうした?」
病床にいる父は、記憶に残っているものよりもずっと元気そうだった。
間違いない。
私の時間が三年前に巻き戻っているようだ。




