カーリンの主張
「もう、酷い目に遭ったわ!!」
カーリンは屋敷に戻ってくるなり、リンブルフ辺境伯領で起こったことを喋り始めた。
「ただでさえ酷い土地なのに、家は吹き飛ぶわ、畑は作物ごと捲れ上がるわ、もう大変だったのよ!」
「そう……」
「馬車だったら、王都と行き来するまで、一ヶ月もかかるの! 嫁ぐときに馬車で向かったけれど、お尻は痛くなるわ、御者は気が利かないわって、ふざけるなって感じで。さすがに今回はワイバーンを用意させたわ」
カーリンは避難用に用意されたリンブルフ辺境伯のワイバーンに乗って、王都まで戻ってきたという。
こういうとき領主の妻は土地に留まって夫を支えなければならないのに、誰よりも早く逃げてくるなんて。
きっと彼女に言っても理解してもらえないだろうと思って、何も言わなかった。
「結婚生活も最悪!! 夫らしい男はほとんどいなかったし、屋敷には小姑一家がいたし、暗くて何もないし!!」
リンブルフ辺境伯がほとんどいなくて自由きままに暮らしているのかと思いきや、きちんとカーリンを管理しようとする人々がいたようだ。
「特に、性格が悪い、いじわるな双子の姉妹がいたの! っていうか、アウレリアお姉様ったら、どうして屋敷にいるのよ? もしかして出戻りなの?」
「いいえ、わたくしは……療養のために」
「もしかしてアウレリアお姉様も病気?」
「いいえ、お腹の子のために」
「あら、妊娠しているのね」
明らかに興味がないような声色だった。
「それはそうと、ここ、しばらく見ない間にボロくなったわね」
これでもきれいになったほうなのだがカーリンから見たら、酷い状態に見えるのだろう。
このようにしたのは、カーリンの母親である。
もちろん、彼女に言うつもりはないが……。
「お父様は? そろそろくたばった?」
「カーリン、なんてことを言うのですか」
「だって、私が結婚する前にはずいぶんくたびれていたでしょう?」
そうであっても、病人についてそういうふうに言うものではない。
父は今のカーリンに会ったら、卒倒してしまうだろう。
「ああ、そうそう。しばらくここで過ごさせてもらうから」
「カーリン、それは許されません」
「まあ、どうして?」
「お父様が、離縁届を提出されたから」
通常、貴族間の結婚は離縁できないようになっている。
けれども例外があって相手が失踪したり、罪を犯したり、出家したりと、事情がある場合は認められている。
借金を作り、盗みを働き、財産を使い込んで、男と逃げた継母との離婚はあっという間に認められた。
カーリンには離婚した旨を伝えると、信じがたいという顔で私を見つめる。
「私を見捨てるというの!?」
「そういうわけではないのですが……」
ただでさえ血の繋がりもない上に、いつまで続くかわからない滞在を許すことはできない。
どうしたものか、と考えていたら、突然部屋が勢いよく開いた。
驚いて振り返ると、そこに父の姿があった。
「お、お父様?」
ここ最近父は杖が必要になるものの、起き上がれるようになった。
穏やかになりつつあったのに、カーリンを見るなり顔を真っ赤にさせて激昂する。
「この、恥知らずの娘が!!」
「きゃあ!!」
父は杖を振り上げ、カーリンのもとへと向かう。
「嫁いだ先が災禍に襲われたというのに、逃げ帰ってくる奴がいるか!!」
カーリンは私を盾にし、父から身を守ろうとする。
その行動も、父の怒りをますます買うこととなった。
「妊娠しているアウレリアに隠れるなんぞ、ありえない!! この娘を、すぐに追いだせ!!」
父の命令により、従僕が駆けつけてカーリンを追いだす。
「ちょっと、何をするのよ!! 私はアルテンブルク侯爵の娘なのに!!」
カーリンの声が遠ざかっていく。
気の毒に思ったものの、すでに彼女との縁は切れている。
薄情かもしれないが、ただでさえ困窮している状態なのに、カーリンの面倒まで見きれない。
王都に知人も多いというので、きっと身を寄せる場所はいくらでもあるだろう。
◇◇◇
魔力と引き換えに宝石を作り過ぎたようで、魔法医よりこれ以上作らないように言われる。
まだまだお金は必要なのだが、お腹の子に悪いと言われると、止めどきかと思ってしまう。
私が一人で実家を支えるのも、限界があったようだ。
今後は夫に打ち明けて、援助を頼む他ない。
なんて考える私のもとに、ブランデンブルグ家の侍女から知らせが届く。
いったい何事かと思って話を聞いてみたら、とんでもないことが明らかとなる。
カーリンがブランデンブルグ家に押しかけ、滞在したいと訴えているようだ。
まさか、私の嫁ぎ先に行っていたなんて。
カーリンはオリヴァー様の許可もないのに勝手に上がり込み、我が物顔で過ごしているらしい。
次から次へと騒動を起こせるものだ、と呆れてしまう。
すぐに追いだしてほしいと言うので、侍女と共にブランデンブルグ家に一時帰宅することとなった。
◇◇◇
「カーリン、あなた……」
ブランデンブルグ家に戻ると、カーリンは私の部屋で寛いでいた。
いったい誰がここに通したのか。
呆れて言葉も出なくなる。
「あら、気付くのが思っていたよりも早かったわね」
「どうしてここに来たのですか?」
「行く当てがないのよ」
あっけらかんとした返答に、ため息しか出てこなかった。
「わたくし達はもう、姉妹でもなんでもない関係です。赤の他人が、嫁ぎ先に押しかけるなんてありえないでしょう」
少し厳しい物言いになったかもしれない。
けれどもカーリンには私の言葉なんて欠片も届いていなかった。
「いいじゃない。どうせ部屋はたくさん余っているんだし」
この日、カーリンを無理矢理にでも追いださなかったことを、私はのちのち後悔することとなった。




