実家の惨状
掃除が行き届いていない廊下、絨毯が剥がされた部屋、撤去された絵画に調度品――まるで泥棒が押し入ったような屋敷の状態に言葉を失う。
あんなにたくさんいた使用人の姿もなく、執務室へ行くとくたびれた姿の家令を発見した。
家令は私を見るなり、顔色を青くさせる。
どうやら今日、私が帰宅することは知らされていなかったらしい。
父に送った手紙は開封されることなく、執務室の未処理の箱に収まっていたようだ。
いったいどうしたのか。屋敷の状態について訊ねる。
まさかカーリンが嫁ぎ先から戻ってきて、根こそぎ持って行ってしまったのかと聞くと、家令は首を横に振る。
「奥様がすべて、売り払ってしまいました」
「なっ――!?」
継母は父の財産を使い果たしただけでなく、借金まで作り、挙げ句の果てに若い男と夜逃げしてしまったそうだ。
「どうして早く、わたくしに報告してくれなかったのですか?」
「旦那様から口止めされておりました」
「そんな……!」
父は医者の治療を受けることもできず、容態は日に日に悪くなっているらしい。
急いで寝室に向かったものの、家令から待ったがかかる。
「旦那様はとても、お会いできるような状態ではありません」
「関係ありません!」
家令を押しのけ、父の寝室へ押し入るように入る。
そこは異臭が立ちこめていて、ネズミも走り回るような不衛生な環境だった。
「お父様……?」
返事はないものの、身動ぐような物音は聞こえた。
よかった、生きている。
「申し訳ありません。旦那様は私の世話を拒絶しておりまして……」
日に日に家令の言うことを聞かなくなっているようで、ここ三日間ほど看病を拒絶するようになったのだとか。
「お父様……わたくし、アウレリアです」
声をかけても、反応すらない。
そんなことを気にしている場合ではなかった。
家令と協力し、寝室を清潔な状態にしなければ。
カーテンを広げて空気を入れ換える。父がしきりに何か訴えているような気がしたが、病人の訴えなど聞いている場合ではなかった。
かつての父は背が高く、大柄だったのに、すっかり痩せ細って皮と骨しかない体に成り果てていた。
そんな父を家令と共に長椅子に運び、寝台を整える。
汚れたシーツを剥いで、清潔ものと入れ替えた。
ブランケットも新しい物を用意する。
父を寝台に戻すと余計なことをするな、と言わんばかりの目を向けてきたものの、ゴホゴホと激しく咳き込むばかりで何も言わなかった。
家令に医者を呼ぶように言ったものの、支払う金がないと言われてしまった。
私も手持ちはないものの、身につけているペンダントや耳飾り、指輪を換金するように言って家令に託す。
床を消毒している間に、医者がやってきた。
幼少期から世話になっている、魔法医である。
魔法医は父の容態を診て、どうして早く呼ばなかったのかと叱咤していた。
父は何も言葉を返さず、遠い目をするばかりだった。
魔法医曰く、父はかなり悪い状態らしい。
治療も高額になるという。
それでもいいから、と魔法医に頼んだ。
夜になると、借金取りが押しかけてきた。
家令は対応に困り果てていた。
継母のせいで使用人に賃金が払えなくなったようで、家令以外すべて解雇となったという。
家令は父への恩だけで残ってくれたようだ。
なんとか家を盛り返さないといけない。
ただ夫は頼りたくなかった。
私にも、ほんの少しだけの自尊心というものがあったのだろう。
どうすればいいのか。金策について考える。
ここで私は、持参品として父から託された魔技巧品、宝石工房について思い出した。このアイテムは魔力を付与することによって、宝石を作り出すことができる。
これを使えば、換金できる宝石を作ることができる。
ただ、使うには魔法の知識が必要だった。
魔法と魔力の使いかたについては、アカデミーで習った。
私は補助魔法の適正があったようで、ちょっとしたレベルのものだが、少しだけ魔法が使えるのだ。
宝石工房に手をかざし、魔力を付与させる。
すると、宝石箱の中に真っ赤な宝石が生成された。
家令に頼んで宝石商に売ったところ、金貨五十枚ほどになったという。
宝石工房さえあれば、実家の借金もどうにかなるかもしれない。
その日から、私は実家を立て直すことに奔走することとなった。
◇◇◇
父は日に日に元気を取り戻す。
お腹に子どもがいると伝えると、無理をするなと言いつつも嬉しそうだった。
使用人も少しずつ呼び戻し、家令の負担も少なくした。
それらの費用は、夫の支援でまかなっている、と父には話している。
夫は欠片もかかわっていないものの、宝石工房で私の魔力から作った宝石を売ってどうにかしているとは言えなかった。
一ヶ月も経てば、借金の返済も完了し、屋敷も少しずつ元の状態に戻ってくる。
そんな状況で、ありえない一報が届いた。
カーリンの嫁ぎ先であるリンブルフ辺境伯領で、巨大な竜巻が発生し、壊滅状態になっているという。




