いなくなった少年
「大変なんだ!! ルイが、ルイが〝轟の谷〟に一人で行ってしまったんだ!!」
ルイというのは、昨日お茶会を共にした子どもである。
そして、先ほど駆けていった母親の息子だ。
「轟の谷というのは?」
「ここから馬を走らせて一時間くらいの場所にある、風が強くて魔物が生息している、危険なエリアなんだ」
「なっ――!?」
ルイはジーンと同じくらいの年齢、七歳か八歳くらいだろう。
そんな幼い子どもが、いったいどうしてそんな場所に行ってしまったのか。
「轟の谷は、成人した男が度胸試しで行く場所なんだ」
なんでも、轟の谷にだけ自生している薬草〝ウィンド・リーフ〟を手に入れたら、一人前として認められるという。
「昨日、村長とルイが言い合いをしていたんだ」
村長はルイの訴えに対し、子どものくせに意見するな、と言って聞く耳を持たなかったという。
「では、ルイは村長様に認められるために、轟の谷へ?」
「たぶん、そうなんだと思う」
聞かなかった振りはできない。そう思って私も子ども達と一緒に村長のもとへ急ぐこととなった。
子ども達の足は速い。
風のようにぴゅーっと走って見えなくなる。
レニも足が速かった。
あっという間に追い抜き、私よりも先に村長の家に到着する。
村長の家の周囲には、人だかりができていた。
ルイの母親の声と、村長の母親が言い合う声が聞こえてくる。
「昨日、お義父様が認めないから、ルイは一人で轟の谷へ行ってしまいました!!」
「わしが原因なものか! 昨日、領主の婚約者だか、なんだかの女に、口先だけの上手い言葉を聞かされたことがきっかけに決まっている!」
「いいえ、あの子は普段から、轟の谷に行って〝ウィンド・リーフ〟を採ってくれば、騎士隊への入隊をお義父様が認めてくれるかもしれない、と話していたんです!」
「なんだと!?」
「昨日のお義父様との言い合いで、あの子を刺激してしまったに違いありません!」
事情は理解できた。
けれども今は、原因を追及している場合ではない。
ルイを助けに行くことが先決だ。
「申し訳ありません、話は聞かせていただきました」
二人の間に割って入ると、ルイの母親は今にも泣きそうな顔で私を見る。
「おい!! 村の問題に、無関係のお前が首を突っ込むな!!」
「今、そのようなことをおっしゃっている場合ですか!?」
自分でもびっくりするくらい、大きな声を発してしまった。
村長も言い返されると思っていなかったのだろう。
「これから私達がすべきことは、ルイさんの救出活動です。村長様、何か助ける手立てはあるのでしょうか?」
「そ、それは、皆で探しに行くしか……」
「轟の谷は魔物が出現すると聞いております。その対策は? まさか、ここにいる人達の命を犠牲にしてまで、探しに行くとは言いませんよね?」
村長は悔しそうな表情を浮かべ、「ぐぬぬ」と言葉を漏らすばかりだった。
ここでルイの母親が私に縋り、助けを求めてくる。
「アウレリア様、どうか息子を、ルイをお助けください!!」
「ええ、大丈夫です。銀狼騎士隊に、助けを求めましょう」
ルイの母親がお礼の言葉を口にするのと同時に、村長が激昂するように叫んだ。
「騎士の手を借りるなど、絶対に許さない!!」
この状況で、いったい何を言っているのか。
相手にしている場合ではない。そう思っていたのだが、ルイの母親が言い返す。
「孫の命よりも、お義父様の自尊心のほうが大事だと言うのですか!?」
この人でなし!! とルイの母親は罵る。
集まった人達も、村長に文句をぶつけていた。
その迫力に圧され、村長は後退る。
「き、騎士隊に助けてもらうにしても、この女に何ができる!? 騎士隊は、領主の命令でしか動かないのだろう!? 魔物討伐に出かけた息子が命を落としたときも、そうだったではないか!!」
騎士隊が何日も戻らないと聞いて、村長はハルトヴィヒ様の父君である先代リンブルフ辺境伯家に救助部隊を結成するように頼みに行った。
けれども先代リンブルフ辺境伯家は、首を縦に振ることはなかったという。
「あいつでは話にならんと騎士隊に直接頼みに行ったら、領主の命令がないと動くことはできないと言いよったのだ!!」
その当時のできごとがあったので、騎士を信じられなくなっているのだろう。
「村長様、心配ありません。わたくしは、騎士隊の命令権をハルトヴィヒ様から預かっておりますので」
「なっ、なんだと――!?」
ここでゆっくり話している時間がもったいない。
村長に「あとのことはお任せください」と言い、私はルイの母親を連れて、銀狼騎士隊の駐屯所に急ぐこととなった。




