移民について
お茶は裏庭で育てている薬草を使ったものらしく、爽やかな香りとほんのり甘い味わいがある。
お菓子はフライパンで焼くという特製のビスケット。素朴な味わいが、薬草茶とよく合うのだ。
レニのご両親はまーちゃんにも、何が食べられるか聞いて、もてなそうとしてくれた。
喋る巨大カワウソ、まーちゃんのことはレニから聞いていたようで、驚かずに受け入れてくれたようだ。
「何が好きなのかな?」
『まーちゃんはねえ、なんでも食べるよ!』
「そうかい、そうかい」
人間の祭りに忍び込んで、わたあめを食べていたくらいである。
まーちゃんは胸を張り、雑食だと主張していた。
「だったら、ビスケットも食べることができるかな?」
レニの母親が優しく問いかけると、まーちゃんは『うん!!』と元気がいい返事をしていた。
そんなまーちゃんには、ミルクとビスケットが用意される。
喜んで食べ始めていた。
『おいしー!』
「よかったねえ」
一息吐いたところで、レニが話し始めた。
レニの一家は三十年ほど前からリンブルフ辺境伯領の村で食堂を営む一家だという。
「両親は王都の生まれで、母は食堂の看板娘、父は貴族の屋敷で料理人をしていたそうです」
そんなレニの両親は偶然出会い、男女交際に発展したという。
「将来を誓い合い、双方の親へ紹介しようとしていた矢先、思いがけない出来事が起こったそうです」
それは食堂が建っていた用地を、買収したいと望む商人が出てきたようだ。
「食堂は賃貸で、祖父母や母に拒否権はありませんでした」
しかしながら、ある条件を呑めば買収を止めると商人は交渉を持ちかけてきたという。
「それは母が、商人の後妻になるということ」
商人は五十代半ばで、親子ほども年が離れていたようだ。
「祖父母は食堂のために、商人と結婚するようにと訴えたそうです」
親の決定に逆らえなかったレニの母親は、別れを切り出しに言ったという。
「けれども父は別れようとせず、駆け落ちに至ったそうです」
商人は諦めようとせず、追っ手を放ったという。
「父の機転で追っ手を欺き、母の愛想のよさで助けてもらいながら逃げ延びることに成功したようです」
商人から逃れるために各地を転々とし、最終的にここにたどり着いたという。
「先代領主は、よそ者である両親を歓迎したそうです」
しかしながら村長は、あまりいい顔をしなかったという。
「ただ村には先住移民がいて、助言をしてくれたようです」
村にない技術をもたらせば、渋々だが受け入れてもらえると。
当時、村には食堂がなかったようで、開くために村長の家を訪問し、料理を振る舞ったという。
「父は元貴族の屋敷に勤めていた料理人、ここにはない料理は珍しく、また料理を運ぶ母も村長一家に気に入られ、一ヶ月経たずに食堂を開店させることができたそうです」
そして、若き夫婦は三人の子宝にも恵まれる。
「兄はリンブルフ辺境伯家の屋敷で、料理人をしています」
「そうだったのですね」
レニのお兄さんが作っていたとは知らずに、毎日いただいていた。
「姉は食堂を継ぐために結婚し、私はリンブルフ辺境伯一家にお仕えすることとなりました」
レニの義兄は同じ移民の子で、徴兵の対償にはならないという。
「徴兵がないことも、村長によく思われていない理由の一つなのでしょう……」
ただ移民の男性がいなければ、村に若い男がまったくいない状況になってしまう。
そのことを考えて、徴兵を対象外にしたのかもしれない。
「移民と、その子ども達は村に住んでいるものの、話し合いの場には呼ばれず、村人の数にも含まれていません」
現在、この移民エリアに暮らす人々は七十名ほど。
もともと住んでいた村人に迫る人数である。
「村人と移民の結婚はよく思われていないようで、この件も問題となっているのだとか」
当人同士が結婚したいと望んだ場合、移民一家は認めても、村人一家は認めない。
そのため子どもができたら結婚式は行わずに、独立する形で実家から出て行くことが多いようだ。
「住処もこのエリアとなり、年々賑わいが増しているようです」
たしかに、外で遊んでいる子ども達の人数はこの辺りのほうが多いかもしれない。
人通りにも活気があった。
「移民がこの村に暮らし始めて、五十年くらいだと聞いたことがあります」
それだけ経っていても、その存在は認められていない。
「魔技巧品が受け入れられないわけですね」
「ええ……」
村人達は変化を嫌い、昔からの暮らしをすることで安心感を得ているのだろう。
貴族の伝統と習慣にも似ているな、と思ってしまった。
その後、レニの両親が食事でも、と誘ってくれたものの、開店準備の邪魔になってはいけないと思って丁重にお断りした。
外に出たあと、私はレニにポツリと零した。
「魔技巧品を無理に勧めるのは、よくないのかもしれませんね」
レニは言葉を濁すと思っていた。
けれども、想定外の答えが返ってくる。
「私はそうは思いません」
「どうしてそう思うのですか?」
「新しいものを受け入れられなくなったものは、衰退を待つしかないと考えているからです」
新しいものを受け入れることなく、古い伝統を大事にする。
それは貴族社会に似ていると思った。
貴族も血縁を守り、新しいものを拒絶した結果、数が減り続けている。
断絶する名家も増えているという。
たしかにレニの言う通りだ。
新しいものを取り入れていかないと、人々の暮らしは豊かにすることはできない。
時間はかかるだろうが、諦めずに計画を進めなければ。
レニのおかげで、決意を堅くすることができた。
今日のところはひとまず屋敷に戻ろう。
なんて話していたら、昨日、一緒にお茶を飲んだ母親が村長の家に向かって走って行く様子を目撃した。
「何かあったのでしょうか?」
血相を変えていた。
何か問題が起こったに違いない。
どうしたものか、と考えていたら、子ども達が駆けてきた。
「アウレリア様だ!」
「大変なんだ!」
いったい何事なのかと聞いてみたら、信じがたい話を聞くこととなった。




