騎士舎の現実
翌日から、使用人達に銀狼騎士隊の清掃作業に入ってもらった。
報告書を見ると、駐屯所よりも酷い状態だったことを知る。
特に、水場である風呂や洗面所、厨房などは酷いありさまだったらしい。
目を覆いたくなるほど汚かったというのはさておき、老朽化については深刻な状態だったという。
風呂場のタイルはところどころ欠けていて、素足で踏んだらケガをする可能性があるという。
洗面所で使う桶は腐食している物もあり、カビも発生しているようだ。
厨房は煤で真っ黒。長年放置していたからか、どれだけ磨いても落ちないようだ。さらに窯はレンガが朽ちていて、今にも崩れ落ちそうな怪しい雰囲気だという。
使用人の手だけでは足りないので、何か対策を打ったほうがいい、ともあった。
報告書を読んでいるだけで、頭を抱えてしまう。
まずは、アンドリュースさんとアンナマリアさんに、この件について話してみよう。
先にアンナマリアさんに相談を持ちかけた。
「やっぱり、足りないわよねえ」
私から話を聞いたアンナマリアさんは、十三名の使用人達を銀狼騎士隊へ送り込んでくれた。
けれども現場では、まったくと言っていいくらい人手が足りなかったという。
しかしながら、もともと屋敷内の使用人が多いわけではないので、これ以上銀狼騎士隊の清掃に回すことは難しいようだ。
「ごめんなさいね」
「いえ……」
続いて、アンナマリアさんと一緒にアンドリュースさんの執務室に向かった。
そこでアンドリュースさんにも報告書を読んでもらったところ、だんだんと眉間に皺が寄り、最終的に盛大なため息を吐いていた。
これらの状態は把握していなかったと打ち明ける。
「基本的に、銀狼騎士隊は隊長に任せているから、こちら側が内部に干渉することはないんだ」
予算の中に修繕費などもあるようだが、報告書にはその詳細は書かれていないようだ。
「おそらくハルトヴィヒも知らないだろう」
ハルトヴィヒ様が魔物の討伐に行くときは銀狼騎士隊と合流して向かうばかりで、駐屯所に身を置くことはないという。
「清掃だけでなく、修繕もしくは、改築をしたほうがよさそうですね」
「ああ、そのようだな」
銀狼騎士隊に水道を通して風呂を作る、という話からだんだん事が大きくなってきた。
しかし、現状を知るいい機会だったのだろうが……。
「ハルトヴィヒ様はわたくしにある程度の決定権を与えてくださっているとはいえ、ここにいる者達でなんとかするには、少々荷が重たい話かもしれませんね」
正直にそう打ち明ける。
「ああ、アウレリアさん、わかるよ」
「いくら領主様がいいと言っても、限界があるものね」
そうなのだ。
勝手に物事を進めた結果、領民から乗っ取りだと思われる可能性がある。
私はまだ婚姻を交わしていない身、ただの婚約者に過ぎない。
ある程度、ハルトヴィヒ様の介入が必要になってくる。
「この件は早急に進めたほうがいいかと思われますが、ひとまず最低限、わたくしができることをやっておきますね」
「ああ、すまない」
「アウレリアさん、よろしくね」
ハルトヴィヒ様が帰ってきたときに情報を詳しく知ることができるように、明日は私も銀狼騎士隊に行って状況を把握することとなった。
◇◇◇
翌日――私はルカエルとミカエル、ドワーフ族の職人、まーちゃんにレニを引き連れて銀狼騎士隊に向かった。
ドワーフ族とまーちゃん、ルカエルとミカエルは水源探しを任せる。
私はレニを率いて、現場を見ることとなった。
そこで、報告書にあったのは極めて控えめな情報だったと知る。
銀狼騎士隊の従騎士である少年、ジーンが騎士舎内を案内してくれたのだがどこもかしこも悲惨の一言だった。
風呂場は外に窯があり、風呂釜の底から温めて入るものだという。
話に聞いていた床のタイルは半分以上剥げていて、その下の木が腐食している。
「ここ、誰かが踏み抜いて、穴が空いているんだ」
「ま、まあ……」
ジーンはそこから出入りしているらしい、ネズミと目が合ったことがあるという。
話を聞いただけでも卒倒してしまいそうだ。
レニは無表情で騎士舎の現実を受け入れている。私も彼女のように、淡々としていなければ。
続けてジーンが問題点を教えてくれる。
「こっちの風呂釜も、やばいんだ!」
鋳鉄製の風呂釜は三つほどあるのだが、すべて錆びていて、水を張ると細かな錆が浮かんでくるらしい。
「アウレリア様、ここ! これも誰かが風呂釜の底を踏み抜いて、使えなくなっているんだ」
「こ、これは……」
洗面所には井戸から運んだ水を溜める陶器製の瓶があるのだが、小さな羽虫が浮かんでいた。
水の色もどこか濁っているように思える。
「これ、誰かが水を注ぎ足し注ぎ足ししていて、何年もの水が溜まっている状態みたいなんだ」
ジーンは使わないようにしているようだが、気にしない者もいるという。
続いて向かった厨房は、思っていた以上に煤だらけだった。
ここには〝待機騎士〟と呼ばれる人達が交代で調理を担当しているという。
「肉や魚は焼くだけ、野菜はくたくたになるまで煮込んだものに、塩を振って食べるんだ。それを毎食食べているんだよ」
「は、はあ」
食材の管理も杜撰で、腐って異臭を放っている物もあるという。
「ここ以外にもいろいろあるけれど、見る?」
見たくない。清潔なリンブルフ辺境伯家のお屋敷に一刻も早く帰りたくなった。
けれども私は現実を知る必要がある。
ジーンによろしくお願いします、と案内を頼んだのだった。




