シルク・スパイダーの糸
帰宅後は素材の整理整頓をしてみる。
魔法の鞄には魔石と魔物の素材でいっぱいだった。
今後、これらの品々がリンブルフ辺境伯領発展の材料となるのだろう。
計画的に、大切に使わなくては。
今のところ、私が直接使える物といえばシルク・スパイダーの糸くらいか。
ハルトヴィヒ様へ渡したハンカチの刺繍はそこまで大きくなかったものの、思っていたよりも消費している。
魔法が付与される関係で、通常の刺繍糸とは異なる消費をしてしまうのかもしれない。
ハルトヴィヒ様のサーコートや礼服にも刺繍を施せたら、なんて考えていたものの、そもそも足りない可能性がある。
ドワーフ族の長老曰く、シルク・スパイダー自体、そこまで数が多いわけではないらしい。
先日の火事で、さらに数を減らした可能性もあるとも話していた。
それに被害が出ているわけではないのに、シルク・スパイダーの糸目的で討伐に行くのもどうかと思ってしまう。
うーーーん、と悩んでいたら、まーちゃんが覗き込んでくる。
『どうかしたの?』
「シルク・スパイダーの糸を、どういうふうに使おうか考えていたんです」
残りのシルク・スパイダーの糸は糸巻き三個分。
他の糸より消費量が多くなることを考えると、礼服の上着一着分もないだろう。
『もしかしたら、まーちゃんがシルク・スパイダーの魔石を食べたら、糸を出せるようになるかも!』
まーちゃんのその提案を聞いてハッとなる。
そうだ、そうだった。
まーちゃんは魔物の魔石を食べたら、能力の一部を身につけることができるのだ。
ただ、確実ではない。
シルク・スパイダーの糸でなく、俊敏性や跳躍力などを身につける可能性もあるのだ。
「試してみてもいいのでしょうか?」
『うん、いいよ!!』
まーちゃんがシルク・スパイダーの糸を出せるようになったら、正直ありがたい。
さっそく試してみよう。
ランクが高いシルク・スパイダーの魔石を取りだす。
「細かく砕いたほうがいいですか?」
『大丈夫!!』
まーちゃんはそう言って、シルク・スパイダーの魔石に齧りつく。
リンゴを咀嚼するような、シャクシャクという音が聞こえる。
まーちゃんにとって魔石は、果実のようなものなのかもしれない。
あっという間に、ぺろりと完食してしまった。
『あー、おいしかった!』
コロカジールの魔石は少々魚臭かったようだが、シルク・スパイダーの魔石はわたあめみたいな味がしたという。
ほうほう、と話を聞いていたものの、ふと気になることがあったので質問してみた。
「まーちゃんはわたあめを食べたことがあるのですか?」
『うん、あるよ!』
なんでも人間のお祭りに忍び込み、子どもがうっかり落としたわたあめにありついたことがあったらしい。
『あのとき食べたわたあめ、おいしかったなあ』
まさかそんな暮らしをしていたとは。思わずまーちゃんを抱きしめる。
「今度お祭りで、わたくしがまーちゃんにわたあめを買ってあげますからね!」
『わーい!!』
なんて言ったものの、リンブルフ辺境伯領でのお祭りについての情報を一切把握していない。
同時にわたあめを作るには、魔法か魔技巧品が必要となることを思い出す。
魔法や魔技巧品に頼らずに暮らすリンブルフ辺境伯領のお祭りには、わたあめが売っていない可能性が高い。
だが、すでにまーちゃんはワクワクしていた。
『まーちゃん、わたあめみたいに、糸を出せるかも!!』
そう言うやいなや、まーちゃんは尻尾をピンと立てる。
尻尾の先端に魔法陣が浮かび上がり、そこから美しい白銀の糸が紡ぎ出された。
「まあ!」
次々紡ぎ出される糸が部屋に広がりそうになったので、慌てて髪に挿していた櫛を糸巻き代わりに絡ませる。
すると、人の手を借りずとも糸がくるくると巻き付けられた。
あっという間に、一巻きの糸が完成する。
鑑定魔法で調べてみると名前こそ〝まーちゃんの絹糸〟とあったが、刺繍をすると魔法が付与されるようで、シルク・スパイダーの糸と同じ物で間違いないようだった。
「まーちゃん、見てください、すばらしい糸が完成しました!」
『わあ、よかったあ!』
魔力を消費した感覚などないようで、まーちゃんへの負担も少ないようだ。
ただ、このことは基本的に秘密にしておいたほうがいいだろう。
「ハルトヴィヒ様やアンドリュースさん、アンナマリアさんに、ルカさん、ミカさん、レニさんには言っても構いませんが、それ以外の知らない方に話したり、糸を出したりしないほうがよろしいかと」
『うーーーん、わかった!』
貴重なシルク・スパイダーの糸を得るために、まーちゃんが誘拐されて利用されるかもしれないのだ。
『まーちゃん、お口堅いから、きっと大丈夫!!』
「ええ、お願いしますね」
『任せて!』
シルク・スパイダーの糸が足りない問題は、まーちゃんのおかげであっさり解決した。
しかしながら、新たにわたあめ問題が浮上する。
ひとまずリンブルフ辺境伯領のお祭りについて情報を聞き出そう。
わたあめについて考えるのはそのあとだ。




