掃除のあとで
ハースト隊長も皆の輪に加わって、料理をおいしそうに食べている。
使用人達や騎士達とも楽しそうに言葉を交わしているようだった。
貴族の出身とも聞いていたが、ずいぶんと気さくなお方のようだ。
その後、後片付けを行ったり、報告書に目を通しているうちに夕方になる。
ハースト隊長が一人になったタイミングで声をかけた。
「ハースト隊長」
「おお……ああ、えーーーーすまない。名前を聞いていなかった。いや、これはお互い様か。私も君に名乗っていない」
「大変失礼しました!!」
そうだ、そうだった。
あまりの部屋の汚さに怒りが爆発してしまい、自らを名乗るのも忘れて掃除を開始してしまったのだ。
胸に手を当てて膝を折り、スカートの端を摘まんで頭を下げる淑女の礼と取った。
「申し遅れました。アルテンブルク侯爵の娘であり、ハルトヴィヒ様の婚約者でもある、アウレリアと申します」
「銀狼騎士隊の隊長である、ベルソン・ド・ハーストだ」
ハースト隊長も胸に拳を当てて頭を下げる、騎士の礼を返してくれた。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「いいや、謝らないといけないのはこちらだ」
ハースト隊長がやってきた当初から、騎士隊の駐屯所はあのような状況だったという。
掃除当番があるのに、誰も決められた通りにやる者などいなかったようである。
「最初は私もあまりの汚さに驚き、隊員達に注意していた」
けれども魔物の討伐と訓練に明け暮れるような忙しい毎日を送るうちに、掃除についてあれこれ言う余裕もなくなっていったという。
「いつの間にか感覚がずれていって、汚い状態でも何も思わないようになっていたようだ」
そしていつしか部屋に出没するネズミや害虫に、癒やされるようになっていったという。
「ネズミにはミスター・アンソニー、害虫にはリトル・リリィと名付けていた。馬鹿みたいだろう?」
「その、すみません。今後、ミスター・アンソニーさんとリトル・リリィさんは……」
「いいや、わかっている。彼らとはいつか別れなくてはならない存在だったと、覚悟はできていた」
ハースト隊長は夕陽を遠い目で見つめていた。
「その、今後はリンブルフ辺境伯家のお屋敷から、使用人を派遣して清掃するようにいたしますので」
もしかしたら人手が足りないかもしれないので、領民を雇いかもしれない。その辺も
「面目ない」
今日のところは駐屯所の掃除だけで精一杯だったが、彼らの生活の拠点である騎士舎もおそらく同様の状態だろう。
「ゆくゆくは魔技巧品で清掃ができるようになれたらな、と考えております」
「ああ、そうだ、そうだった。アンドリュース殿が魔技巧師に温泉を造らせるとかどうとか、話をしにきていたな」
「ええ」
さすが、ハースト隊長は王都育ちと言うべきか。
ただ魔技巧品と伝えただけで、どういう物かすぐに理解しているようだ。
「その、本来であれば皆様にきちんと説明してから、着工に取りかかったほうがいいのですが」
領民らの魔技巧品に対する警戒心について語ると、ハースト隊長も理解してくれた。
「そのような状況であれば、説明は必要ない。実際に使って、どれだけ便利か実感させたほうが、理解は早いだろう」
ハースト隊長の支持を得られたので、心強いような気持ちになる。
この先の計画も、きっと上手くいくだろう。
話が終わると、私のもとに騎士がやってきた。
ジーンの姿もある。
彼らは私が初めてここにやってきたとき、出会った騎士達に違いない。
「どうかされましたか?」
「その、アウレリア様、先ほどは大変な失礼を働きました!」
「申し訳ありませんでした!」
まさか謝罪があるとは思わず、驚いてしまう。
「お前達、アウレリア様にどんな失礼を働いたんだ」
ハースト隊長が呆れた様子で訊ねるも、説明できる者はいなかった。
「ちょっとした勘違いがあったようで」
「お前達は……本当にしようもないな」
びくびくと怯えるような目で私を見つめてくる。
しっかり反省しているようなので、今回だけは許してあげよう。
「間違いは誰にでもありますので。今後、同じような過ちを犯さないことが大事だと思っています。ですので、この件は特別に、水に流すことにしましょう」
「アウレリア様!!」
「ありがとうございます!!」
ジーン以外の騎士達が地面に膝を突き、平伏し始めたのでギョッとする。
慌てて立ち上がらせたのは言うまでもない。
何はともあれ、目先の問題は解決できたのだ。
今度は温泉施設の計画について進めなければ。




