騎士隊の駐屯所にて
中に入ると、ルカエルとミカエルが背後で「うわ!!」「きたな!!」と口にする。
本来であれば注意したいところだが本当に汚いので、絶句してしまった。
カサカサと物音がしたかと思えば、視界の端にネズミがタタタと駆けていく。
それに気付いたルカエルとミカエルが、同時に「ギャア!」とワイバーンみたいな悲鳴をあげた。
ハースト卿は後頭部を掻きながら、「汚いところだな」なんて言っている。
「……、………………です」
「何?」
「その言葉は、本当に汚い場合は使わないのが普通です!!」
私がそう言って、一歩前に踏み出した瞬間、一匹の虫が飛んできた。
この世でもっとも忌まわしい、不衛生な場所を好んで住み着く家庭内に出没する害虫である。
瞬間、我慢の限界にあっさり到達してしまった。
「汚いです!! 今すぐ全隊員に通達してください!! 掃除をすると!!」
「は、はい!!」
ハースト卿は私の言葉に従い、駆けていく。
隊員達が集められ、掃除が始まった。
「ひとまず、ゴミをどうにかしてください!! あまりにも不衛生です!!」
騎士達は素直に応じてくれる。ここは彼らに任せよう。
「掃除道具がまったくありません」
「汚いわけだわ」
「最悪ね」
一度、リンブルフ辺境伯の屋敷に戻って、取ってくる必要がある。
使用人も連れてこよう。
ハースト卿はきちんと隊員達にゴミを片づけるよう、指示を飛ばしている。
しばらくの間、任せていても問題ないだろう。
屋敷に戻り、アンドリュースさんとアンナマリアさんに報告する。
「銀狼騎士隊の駐屯所があまりにも汚くて、掃除するように命じました」
「そうなのよ!」
アンナマリアさんも何度か掃除をするように言ったようだが、きちんとされた形跡はなかったという。
「よく、言うことを聞いたわねえ」
「よくわからないのですが、素直に応じてくださいました」
「だったらよかったわ」
ありったけの掃除道具と、洗剤類、それから人手が欲しいとお願いする。
他にも必要な物を頼んで、レニとまーちゃんを連れて私達は再度、銀狼騎士隊に向かったのだった。
外にはゴミの山が築かれていた。
まーちゃんは目を丸くし、ゴミの山を見上げる。
『わあ、すごいねえ。あれがぜんぶ、中にあったんだあ』
「あってはならないことです」
毎日コツコツ片付けていたら、あんなにゴミが溜まることもないだろうに。
『あのゴミ、どうするの?』
「焼却炉で焼きます」
運ぶのにも一苦労だろう。なんて話をしたら、まーちゃんが尋ねてくる。
『そういえば、お掃除に魔石工房を使ったら、一瞬でゴミが回収できるんじゃないの?』
「魔石工房でゴミを片付けるなんて、神への冒涜です。それに、楽ができるとわかったら、再度怠ける人が出てくるかもしれませんので」
『たしかに~~!! アウレリアは、きちんと考えているんだねえ』
ゴミの周囲に、疲れた様子で座り込む騎士達の姿がある。
けれども箒を手にやってくる私に気付くと、立ち上がって駐屯所の中へと入っていった。
私は背後に続いていた使用人達を振り返ってお願いする。
「ではみなさん、よろしくお願いします」
使用人達に伝えると、声を揃えて「かしこまりました!」と言ってくれる。
騎士達より屋敷の使用人のほうが、統率が取れているのではないか、なんて思ってしまった。
駐屯所内の床の塵や埃を箒で掃く。
全体的にベタベタしていて、上手く掃けない。
こうなったら、と大鍋に湯を沸かしてもらって床に流す。
汚れを浮かせた状態で、ブラシでゴシゴシ磨いた。
水を切ったあとは布巾で拭いて回り、そのあと消毒液を撒いて回る。
湯だけでも殺菌効果はあるだろうが、ネズミや害虫がいるのでもう一度消毒すべきだと思ったのだ。
まーちゃんも布巾を持って、床を磨いてくれた。
レニはてきぱき動き、騎士達に掃除の仕方を伝授する。
ルカエルとミカエルは騎士達を使って、ゴミを処理場に運ばせる。
皆がサボらずに動いてくれたので、あっという間に駐屯地内はピカピカになった。
すべてが終わったあと、騎士達は固まって座り込んでいた。
白目を剥いたり、遠い目をしたり、意気消沈した姿を見せている。
そんな様子を見て、ルカエルとミカエルは呆れた様子でいた。
「あの人達、一日訓練してもぜんぜん疲れないとか言っていたのに」
「数時間、掃除をしただけでバテているじゃない」
口ほどにもない、と辛辣な評価を下していた。
もう夕方である、食事時だ。
厨房も徹底的に掃除をしたので、食事の準備は整っていない。
騎士達は絶望したような表情を浮かべる。
そんな中で、三台の馬車がやってきた。
運んできたのは夕食である。
焼きたてのパンに、香辛料を強く効かせた炙り肉、ミートパイに、カボチャのポタージュ、白身魚のフリッターに肉団子のシチュー。
力がつきそうなメニューを、料理長に頼んでいたのだ。
「みなさんで、夕食を食べましょう」
そう声をかけると、騎士達の瞳に光が宿る。
使用人も集めて、一緒に食事をすることとなった。
「その前に、井戸でしっかり手を洗ってくださいね」
「どうして?」
傍にいたジーンが聞いてくる。
「きれいに洗わないと、手に付着した菌が口に入って、お腹が痛くなったり、最悪病気になったりするのですよ」
「そうだったんだ! だから、ここの騎士達はよくお腹を壊しているんだね!」
ジーンが言った件について、実は気になっていたのだ。
騎士隊の報告書によると、魔物退治による負傷者より、騎士舎に残った者の腹痛を訴える割合がかなり高かったのだ。
あわせて調査しなければ、なんて思っていたのだが、あっさり原因が解明する。
「みなさん、きちんと丁寧に手を洗ってくださいね。でないと、またお腹が痛くなりますよ」
騎士達は「はあい」と返事をすると、井戸に並ぶ。
その後、皆で楽しく夕食を食べたのだった。




