リンブルフ辺境伯家の深い事情
ルカエルとミカエルは全力疾走でエントランスまで急ぐ。こんなに走るのは、生まれて初めてかもしれない。
けれども急ぐのには理由があった。
本当に、出発する寸前だったらしい。
玄関の扉が開き、ハルトヴィヒ様は一歩外に出ていた。
ルカエルとミカエルが、ハルトヴィヒ様を引き留めるように叫ぶ。
「ねえ、待ってよ!」
「アウレリア様を、連れてきたわよ!」
その声に反応し、ハルトヴィヒ様は立ち止まる。
「アウレリアが?」
「は、はい、ここに」
呼吸が整わずにゼーハーする私を、ハルトヴィヒ様が支えてくれる。
出発前なのに申し訳なく思った。
「アウレリア、お見送りにきてくれたんだね。ありがとう」
「は、はい。その、こちらも、お渡ししたくて」
ハンカチをハルトヴィヒ様へ差しだす。
「これは……?」
「白いハンカチに、銀色の糸で縫ったのでわかりにくいかと思いますが、ハルトヴィヒ様のお名前と、リンブルフ辺境伯家の家紋を刺しました」
「わあ、本当だ! すごい!」
守護魔法について話そうかどうか迷ったものの、これ以上引き留めたら悪いだろう。
「どうか、ご無事で」
「うん、わかった」
ハルトヴィヒ様は私を抱きしめ、耳元で「ありがとう」と囁く。
突然の抱擁に驚いたのと同時に、甘い声にドキドキしてしまった。
「いってくるね!」
「はい、いってらっしゃいませ」
無事、ハルトヴィヒ様を送り出すことができた。
呼びに来てくれたルカエルとミカエルに感謝する。
「ルカさん、ミカさん、ありがとうございます」
私の部屋を訪れたときも、走ってやってきてくれたのだろう。
彼女らも胸を上下させ、呼吸が整っていなかった。
「この前、見送りしたかったとか言っていたから」
「特別に教えてあげようと思ってね」
愛おしい気持ちがこみ上げてくる。
こういうときに抱擁をしたくなるのだな、と思ったのと同時に、ハルトヴィヒ様もこういう気持ちだったのだろうか? なんて思って盛大に照れてしまったのは言うまでもない。
さすがにルカエルとミカエルはお年頃の男性なので、抱きしめることは止めておく。
その代わりお茶会に誘ってみる。
するとふたりとも、嬉しそうな様子で応じてくれた。
香り高い一番茶の紅茶を淹れ、王都で買ったクッキー缶をお皿に並べて出す。
ルカエルとミカエルは、瞳をキラキラ輝かせながら紅茶を飲み、クッキーを食べてくれた。
「そういえばアウレリア様、村に魔技巧品の説明に行ったのよね?」
「態度がいろいろと酷かったでしょう?」
ハルトヴィヒ様に対する敵意のような態度は、時として従弟であるルカエルとミカエルにも向けられることがあったという。
「特に私達は男のくせに女の格好するなんて、みっともないとか、陰口をたたかれていたの」
「きちんと理由があって、この格好をしているのに!」
女装はただの趣味ではないという。
「話そうかどうか迷っていたんだけれど」
「他の人から噂話みたいに聞かされるのもどうかと思うから」
それはハルトヴィヒ様に関わる話だった。
「実を言えば、ハルトヴィヒの両親は長い間、子どもが生まれなくて」
「当時生きていた先々代のジジイ……じゃなくて、お祖父様にずいぶんといびられていたみたいだったの」
長年責められ、耐えきれなくなったハルトヴィヒ様の母君は、傍にいて精神的に支えてくれた家令と不貞関係になってしまったという。
「結婚から十年経って、ついに子どもができたの」
「みんな、大喜びだったそうよ」
待望の跡取りであるハルトヴィヒ様が生まれた。
けれども生まれたハルトヴィヒ様は父君にも母君にも似ていなかった。
不貞相手である家令にそっくりだったのである。
先々代のリンブルフ辺境伯は大激怒、父君も落胆したという。
塔に閉じ込めておくべきだ、と先々代リンブルフ辺境伯は処分を口にしていたという。
けれどもそれは執行されることはなかった。
家令と母君は荷物をまとめて、駆け落ちしてしまったから。
生まれたばかりのハルトヴィヒ様をただ一人置いて。
母君は亡くなった、と聞いていた。
けれども実際はどこかで生きているようだ。
「伯母さんの行いは一族の恥……」
「だから、死んだことにしているみたい」
先々代リンブルフ辺境伯は、待望の跡取りが自らと血が繋がっていないことにショックを受けて寝込み、そのまま帰らぬ人ととなってしまった。
家族をふたりも失ってしまった父君はどうすることもできず、ハルトヴィヒ様を跡取りとして育てたという。
リンブルフ辺境伯家の血は流れていないのだろう。その一件が深いわだかまりとなり、ハルトヴィヒ様への厳しい態度へ繋がっていったという。
「そんな中で、僕らが生まれた」
リンブルフ辺境伯家の血を引く男児である。
「伯父さんは私達のどちらかが、リンブルフ辺境伯を継げばいいとか言いだしたらしい」
「けれども私達は、これまで跡取りとして育てられたハルトヴィヒを差し置いて、リンブルフ辺境伯になんてなりたくなかった」
それに自由気ままに生きたい、という思いもあったという。
「どうしたら伯父さんが諦めてくれるのか」
「考えた結果、女装して跡取りに相応しくないと思わせることにしたのよ」
ルカエルとミカエルの作戦は大成功。
父君は彼らを跡取りにすることを早々に諦めたという。
「それから数年後に、伯父さんも亡くなったわ」
「魔物の討伐に出かけて、帰らぬ人となったのよ」
亡骸さえも戻ってこないほどの、酷い状況だったらしい。
ハルトヴィヒ様は十四歳という若さで、リンブルフ辺境伯となったのだった。




