森の嘆き
ブリーゼ様がロフトから下りると、ソファで横になっていたハルトヴィヒ様が上体を起こす。
「ブリーゼ、どうかした?」
「森が騒いでいる。気になるから、少し見てこよう」
「俺もいくよ」
ハルトヴィヒ様はおそらく、深く眠っていなかったのだろう。
剣を握り、ブリーゼ様のあとに続く。
私の隣で眠るまーちゃんは、ぐっすり眠っているようだった。
そのままのまーちゃんでいてほしい。
私も気になるので、少しだけ外を見に行こう。
そう思ってハルトヴィヒ様に声をかける。
「あの、ハルトヴィヒ様、わたくしもご一緒してよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。温かい格好でおいで」
外套を着込んでから、ハルトヴィヒ様のもとへ向かう。
野営邸から一歩外に出ようとした瞬間、外からブリーゼ様の叫びが聞こえた。
「な、なんだ、あれは!?」
いったい何事なのか。
確認してみると、驚きの光景が広がっていた。
暗闇の森に黒煙が上がり、森の中心が真っ赤に染まっているのだ。
「ブリーゼ様、あれはなんでしょうか?」
「火だ! 森に火が上がっている!」
森が騒ぐわけだ、とブリーゼ様は切なげに言う。
「あの辺りは間違いなく、ドワーフ族の隠れ里の辺りだろう」
「だったらあの火はもしかして、鍛冶祭の?」
「間違いないだろう」
まさか鍛冶祭の火が火事になるなんて……。
昨日は夕方から風が強かったので、その影響もありそうだ。
「して、ハルトヴィヒ、どうする?」
「どうするもこうするも、ここは俺の領地だ。放っておくことなんてできない」
「やはり行くのだな。わかった。ここまで付き合ったのだから、最後まで見届けよう」
「ハルトヴィヒ様、わたくしもご同行します!」
断られるかもしれない。そう思っていたものの、ハルトヴィヒ様は「わかった」と言ってくれた。
「ブリーゼ、防火用の外套と手袋はある?」
「あるぞ。セットで金貨一枚だが」
「だったら、三セット買うよ」
「おお、太っ腹だな」
防火魔法がかかった外套と手袋を、ハルトヴィヒ様が購入してくれた。
「一セットはブリーゼのだよ」
「私も、いいのか?」
「当たり前だよ」
防火魔法がかかった外套は驚くほど軽い。頭巾を被ったら安心感もある。
手袋は指先が動かしやすく、まるで装着していないようだった。
「ハルトヴィヒ様、ありがとうございます」
「うん、よかった。これから森に入るけれど、俺からなるべく離れないでね」
「はい、わかりました」
まーちゃんはあの様子だと朝まで熟睡しそうなので、このままお留守番してもらおう。
「急ぐぞ」
「そうだね」
夜の森を駆けることとなった。
あれだけ昼間は魔物が多かったのに、今はまったく見当たらない。
火の手を恐れて、どこかへ逃げてしまったのだろう。
夜の視界が悪い中で魔物に遭遇するのは最悪だ。
正直、助かったと言える。
魔物の妨害がないので、昼間よりはサクサク進むこととなった。
だんだんと火が近くに感じてくる。
煙たさもわかるようになった。
「隠れ里の結界魔法も解けているようだな」
「それだけ切羽詰まった状況なんだろうね」
三十分ほどで、ドワーフ族の隠れ里に到着した。
すでに火の手が回っており、火の海と化している。
「カイル!! マナ!!」
燃え上がる家の前に、ドワーフ族のご夫人と男の子がいた。
「どうかしたのか?」
ブリーゼ様が優しく問いかけると、家の中に夫と娘が残されているという。
「この火では、助けることは――」
私は魔法の鞄から水の魔石を取りだし、窓に向かって投げつける。
水の魔石はガラス窓を突き破り、その衝撃で大量の水を放った。
一瞬で、家の家事が鎮火する。
次の瞬間、家の中から小さな少女を抱いた男性が出てきた。
「あなた! マナも!」
「父ちゃん、マナ!」
家族は無事再会し、抱き合っていた。
「ありがとうございます」
「いえ」
属性つきの魔石は衝撃を受けると、弾けて魔法が放たれる。
そんな知識を覚えていたので、とっさの判断で動くことができたのだ。
「アウレリア、よくやった」
ただ、水の魔石は残り二つだ。
ドワーフ族の隠れ里に広がる火を消すことは不可能である。
「私も風魔法の遣い手だからな……。火を消すことは難しい」
ひとまず、助けられる人がいれば救助しなくては。
村の中心部に向かうと、薪が高く積み上がっていた鍛冶祭の焚き火があった場所に、火柱が立っているのを目撃してしまう。
「これが火種のようだな」
消火は難しいだろう、とひと目で分かるくらいの大きな火柱だった。
「お前達、そこで何をしている!!」
やってきたのはドワーフ族の長老だった。
「何をって、助けにきてやったのに、その言い草はないだろうが!」
「無駄だ! この火の勢いをどうにかできるものではない! 早く逃げろ!」
ドワーフ族の隠れ里は放棄し、村人達を避難させるという。
「なにゆえ、このような状態になったのだ?」
「強風と、火の不始末だ!」
夜は火を消すつもりだったようだが、酒盛りをしている間に、当番を務める者が失念していたという。
強風に煽られた焚き火がどんどん燃え移り、里全体を火で覆ってしまったという。
子ども達の泣き声が聞こえる。
女性の嘆く叫びも。
どうにかならないのか。
考えた末に、私は気付く。
魔法の鞄から取りだした。魔石工房を。
私はそれを高く掲げ――。




