野営
すっかり太陽は傾き、一日が終わろうとしていた。
ブリーゼ様が空を見上げ、ポツリと呟く。
「ふむ、この時間帯の飛行は危険だな」
なんでも上空には凶悪な魔物が出現するそうだが、出会う確率は極めて低い。
ただしそれは日中に限るという。
魔物の活動が盛んな夜は、遭遇率がぐっと上がるという。
「それに風も強い」
リンブルフ辺境伯領内ではよくある強風のようだが、上空では制御不能になる場合があるという。
「そんなわけだから、今宵はこの場で野営をしようか」
ブリーゼ様の決定に対し、ハルトヴィヒ様が心配そうに私を覗き込む。
「アウレリア、ごめんね。野営なんて初めてだろう?」
「ええ」
屋根もない、布団もない、お風呂にも入れない。
どうしてだろうか。そんな環境だが、不思議とわくわくしていた。
「心配はいらない。私は野営邸の持ち主だからな!」
「野営邸、ですか?」
「ああ、そうだ」
説明するよりも、実際に目にしたほうが早いだろう。
ブリーゼ様はそう言って、私の手のひらにミニチュアの家をちょこんと載せた。
「あの、こちらは?」
「その辺の開けた場所めがけて投げてみろ」
「は、はい」
言われたとおりにミニチュアの家を投げると、魔法陣が浮かび上がって輝く。
「え!?」
一瞬で、小住宅が出現した。
「これが魔技巧品、野営邸だ!」
思わず拍手してしまう。
まさか、家の出し入れができる魔技巧品が存在するなんて。
ハルトヴィヒ様も驚いていた。
「うわあ、噂には聞いていたけれど、本当に存在していたんだ」
「ふふん、素晴らしいだろう? 私も最近手に入れたんだ」
なんでもブリーゼ様が個人的に取り引きしている魔技巧師にオーダーメイドで造らせたものらしく、世界でも数個しか存在しないらしい。
ただ、量産させる計画が進んでいるようで、すでに百個の製造が決まっているのだとか。
ブリーゼ様は五十個ほど予約したという。
「購入するか? 今なら金貨五十枚で一棟売ってやるぞ」
「地味に高いって……」
「まあまあ、そう判断するのは早い。一度使ってみたら、よさがわかるだろう」
こういう持ち運びできる家があれば、魔物討伐の遠征で野宿する負担が軽減するだろう。ただ、ハルトヴィヒ様が言うように、お値段が高い。
「そんなわけで、今晩はここに泊まって、一夜明けたらリンブルフ辺境伯邸に戻ろうか」
『まーちゃんも、入っていいの?』
「よいぞ」
『やったー!』
想像していた野営ではなかったが、魔法の家に泊まる機会などそうそうないだろう。
ありがたく利用させてもらうこととなった。
「見てみろ。外壁には魔物避けの魔法がかかっていて、安心構造なんだ」
「へえ、よくできているなあ」
「だろう?」
内部は外から見ていたものよりもずっと広く感じる。
木の温もりが伝わってきそうなリビングルームに、開放的なオープンキッチン。
寝台が置かれたロフトの天井には、大きな窓がついている。
風呂場に化粧室など、基本的に必要な設備が整っていた。
「うわ、すごいな。本当に立派な家だ」
「いつか仲間を招くことができるよう、広く造ってもらった」
「さすが、ブリーゼ!」
ひとまず休憩させてもらう。
私は王都で購入していた魔技巧品の茶器を魔法の鞄から出し、紅茶を淹れる。
魔石ポットで湯を沸かし、茶葉を入れたポットに注いだ。
お茶請けのクッキーは、アルテンブルク侯爵家の菓子職人が焼いたものである。
「どうぞ、召し上がってください」
「おお、アウレリア、気が利くな」
「いただきます」
幼少期から親しんでいた実家のクッキーを食べると、心がホッと落ち着く。
ハルトヴィヒ様やブリーゼ様も、おいしいと絶賛してくれた。
紅茶もおいしく淹れることができたようで、練習したかいがあった。
「それにしても、ドワーフ族の里でのことは、想像通りだったね」
「まさか長老に出会うとはな、ついていない」
「おまけに鍛冶祭の開催期間だったようで」
ドワーフ族の隠れ里はブリーゼ様がいないと立ち入ることができなかった。
それだけでも高い障害をクリアしたのに、続けて試練が課せられるなんて……。
ある程度想像はできていたものの、実際に目の当たりにすると、辛い部分もあった。
「困ったな。そもそも、通行証がないと入れないなんて」
葉っぱ型の通行証によって、里がある空間が出現したように見えたものの、実際は魔法の力で隠れているだけだという。
「っていうことはつまり、ドワーフ族の隠れ里はあの森のどこかに存在する、ということ?」
「まあ、そうだな」
ただそれも、魔法にかなり精通した者でないと見つけることができないようだ。
「ひとまず鍛冶祭が終わってから、再訪したほうがよさそうだ」
「それがいいよ」
鍛冶祭は今晩から三日間、開催されるという。
「そういえば鍛冶祭って、どんなことをするんだろう?」
「三日間、火を絶やさず燃やして、踊りを捧げたり、酒を飲んだり、ごちそうを食べたりと、まあ、ドワーフ族にとっては神聖な儀式らしい」
伝統的な祭事のようだが、若者衆は資源の無駄ではないか、と苦言を呈しているという。
「たしかに、三日間火を燃やすとなれば、薪もそうとうな量を消費するよねえ」
この辺りは森が豊富にあるわけではなく貴重な資源だ。
「焚き火でなく、もっと別のもので神を称えられないか、と若者衆は訴えているようだが、頑固な老人衆が聞く耳を持つわけもなく」
「ドワーフ族の中だけでも、いろいろな考えを持っているんだね」
「そのようだ」
若者衆と会うことができたら、交渉を持ちかけることが可能かもしれない。
今はひとまず、鍛冶祭が終わるのを待つしかないようだ。




