交渉
ハルトヴィヒ様に目配せすると、話の流れをもとに戻してくれた。
「それで、今日こうしてブリーゼに面会したかった理由についてなんだけれど」
「ほうれ! やはり下心があるではないか!」
「いやはや、勘が鋭い。五百年以上生きているだけあるね」
「誰が五百歳超えの干物ババアだ! 経験値の違いと言え!」
「干物ババアとまでは言っていないけれど」
「なんだと!?」
「いいえ、なんでもありません」
二人の会話の流れに笑いそうになりつつも、ブリーゼ様の年齢について驚いてしまう。
なんとなく口調からたくさんの月日を生きているお方なのだろうな、と思っていた。
けれども五百年以上生きているとは、想像もできていなかった。
「話を戻すね。いきなりだけれど、ブリーゼはドワーフ族の居場所について何か知っているかな?」
「本当にいきなりだな」
「ごめん。少し事情があって」
「リンブルフ辺境伯家と不仲であるドワーフ族に、どういった事情があるのだ?」
どうやらブリーゼ様も、ドワーフ族とリンブルフ辺境伯家の諍いについて把握しているらしい。話が早かった。
「実は、魔技巧品を使って領地の暮らしを豊かにしたくて、ドワーフ族ならば、そういうのは得意だろうと思ったんだけれど」
「今さら魔技巧品を頼る暮らしに目覚めたというのか?」
「まあ、そうだね」
「アウレリアの影響だな」
「ああ、そうなんだ」
ブリーゼ様は呆れた様子でいる。続けて、思いがけないことを言ってきた。
「止めておけ、止めておけ。どうせ、上手くいきやしないから」
「ブリーゼ、どうしてそう思うの?」
「わかるだろうが。この領地では魔石は採掘されないし、腕のいい魔技巧師だってその辺にいない」
魔石は限りあるエネルギー源で、この先高騰するという。
「これまでこの地で使っていた薪や獣油だって、無限にあるわけではなく、限りあるものだと思うけれど」
「そうだが、お前らはそれらのエネルギーを使って、何百年と暮らしてきたではないか。それをいきなり変えることは難しい上に、受け入れがたい者もいるだろう」
「それもわかっている。魔技巧品を用いた暮らしを望む人だけに、与えたらいいだけの話だから」
「領主たる者が領民の暮らしに差をつけることをよしとするなんて、あまりにも不平等ではないのか? そもそも、不仲なドワーフ族が手を貸すわけがないだろうが」
ぐうの音も出ないような状況にまで追い詰められてしまう。
ブリーゼ様の言うことに、間違いは一つもなかった。それゆえに、ハルトヴィヒ様は返す言葉がなくなってしまったのだろう。
「ドワーフ族についてですが、わたくしが交渉を試してみます」
「ほう? お前みたいな小娘が、頑固極まりないドワーフ族の心を動かしてみせると?」
そう言われてしまえば、途端に自信がなくなる。
しかしながらそういうことを少しでも出してしまえば、「ほら見たことか!」と言われて終わりだ。
「小娘は小娘なりに、小賢く生きておりますので」
小賢しい、その言葉の通り生意気だったかもしれない。
まっすぐ私を見つめていたブリーゼ様は、私に対してプレッシャーをかけているように思える。
「この私に対してそのように物申すことができるとはな! たしかに小賢しい!」
「このわたくしにも、切り札がありますので」
そう言うやいなや、ブリーゼ様は真顔になる。
何もかも、見透かされているようで、どくん、と胸が大きく跳ねた。
失敗してしまったか。そう思ったが――。
「わかった。では、お前の切り札とやらを見せてくれるだろうか?」
そう言って、優しくにっこり微笑んでくれた。
「わたくしの切り札は――」
魔法の鞄を探って取りだしたのは、純白の魔石。
私が現在所持している魔石の中で、もっとも美しく、高濃度の魔力が込められているものだ。
「なんだ、これは!?」
ブリーゼ様は驚いた顔で魔石を手に取り、小さなルーペで覗き込む。
「このように美しく、混じりけのない魔石は初めてだ! どのようにして精製したのだろうか?」
「こちらは……」
ハルトヴィヒ様のほうを見る。
神々の遺物である魔石工房について打ち明けていいか、聞きたかったのだ。
ハルトヴィヒ様はすぐに汲んでくれたようで、大丈夫だと言わんばかりに頷く。
「わたくしが所持している神々の遺物、魔石工房で作った魔石になります」
「神々の遺物だと!? なぜ、お前のような小娘がそのような物を持っている? この私でさえ、目にしたことがないというのに!」
五百年生きているブリーゼ様でも、神々の遺物を見る機会はなかったようだ。
「見せてくれ! 本物かどうか、確認したい!」
「あの、ブリーゼ様」
「なんだ?」
「ドワーフ族の居場所の提示と交換でよろしければ、神々の遺物をお見せします」
興奮した様子を見せていたブリーゼ様だったが、我に返ったように真顔になる。
ここで交渉を持ちかけるべきではなかったか。
そう思っていたが――。
「はははははは! そうきたか! なるほど、これは私の負けだな!」
思わず、ハルトヴィヒ様と顔を見合わせる。
「アウレリア、ブリーゼはどうやら、君のことをお気に召したみたいだ」
危機的状況かと思いきや、そうではなかったらしい。




