アルテンブルク侯爵家の秘宝
これまでカーリンにさまざまな物を譲り、また奪われてきた。
妹だから、まだ幼いからと彼女の我が儘を私は許容してきたのだ。
けれども未来のブランデンブルグ大公であるオリヴァーとの結婚だけは、カーリンに譲れない。
誰でも嫁げる相手ではないのだ。
結婚し、ただ子どもを産めばいいだけではない。
王家の傍系であるオルデンブルク大公家に嫁いだ者は貴賓をもてなしたり、各地に足を運んで慈善活動をしたり、王族の名代を務めるときもある。
高いレベルの礼儀作法と教養が不可欠となるのだ。
その辺の事情を、カーリンはよく理解していないのだろう。
私だけ条件がいい、実家からさほど離れていない便利な場所に嫁ぐくらいにしか思っていないのかもしれない。
ブランデンブルグ大公家との結婚が失敗に終われば、歴史あるアルテンブルク侯爵家の恥となる。その責任の重さに、幼少期から何度潰されそうになったことか。
代われるものなら、代わってほしいくらいである。
いつまで経っても私が頑なに譲らないので、痺れを切らしたカーリンは、想定外の行動に出る。
私の腕を引き、病床の父のもとへ行って直接訴えようとしたのだ。
本当に勘弁してほしい……。
心の奥底からそう思いつつ、カーリンと共に父のもとへ向かう。
久しぶりに父とは顔を合わせる。
医者から体調が安定せず、ほとんど寝て過ごしているので、面会は控えるように言われていたから。
二人揃ってやってきた私とカーリンを、父は虚ろな目で見つめていた。
「お父様、私、ブランデンブルグ大公家のオリヴァー様と結婚したいの。でも、頭が固いアウレリアお姉様が譲ってくれなくって! なんとか言ってちょうだい!」
カーリンの訴えに、父は深いため息を吐くばかりだった。
叱りつける気力さえもないのだろう。
「二人に……持参品を用意……した」
なんでもあるアルテンブルク侯爵家に伝わる、とっておきの宝らしい。
すでに持参金はブランデンブルグ大公家に支払われているのに、追加で用意したようだ。
初耳だったが、おそらく父は生前分与のつもりで用意したのだろう。
家令が持ってきたのは、二つの宝石箱だった。
一つは銀に美しい花模様の細工が施された物。
もう一つは銅が錆びたようなくすんだ色合いの、古めかしい細工が施された物。
「一つは……神々の遺物と呼ばれる、この世の秘宝だ。もう一つは魔技巧品と呼ばれる……高名な魔法使いが作ったアイテムだ」
神々の遺物というのは、神が地上で生きていた神話時代に作られたとされる大変貴重な品で、価格を付けることは不可能だと言われているらしい。
「もちろん、それらはただの宝石箱ではない」
共に魔法の力が込められているという。
「神々の遺物は……〝魔石工房〟という……ありとあらゆる物質を魔石と化することができる……他に二つとない貴重な品だ」
魔石――それは火を熾したり、水を浄化させたり、灯りを点したりと、人々の暮らしに不可欠なエネルギー源となる物質だ。
けれども年々減少傾向にあり、近年では百年以内の枯渇も心配されている。
聞いただけで、とてつもないアイテムだと感じた。
「魔技巧品は……〝宝石工房〟という……魔力を付与させることによって……宝石を作り出すことができる、稀少な品だ」
それを聞いた途端、カーリンは「私は〝宝石工房〟がいいわ」なんて言う。
「いいや……だめだ。カーリン……お前は……〝魔石工房〟のほうだ」
「どうしてよ!!」
「辺境伯領で……役立つはずだ」
「嫌よ!! 辺境伯になんか嫁がないって言っているでしょう!?」
カーリンが嫁ぐ予定のリンブルフ辺境伯領は国境に位置し、荒廃しているうえに魔物が蔓延る土地なのだ。
加えて結婚相手であるリンブルフ辺境伯領は〝惨殺伯〟と呼ばれ、魔物を殺すことに快楽を覚える、危険人物だと噂されていた。
「〝惨殺伯〟との結婚なんて、絶対に嫌!!」
カーリンがいつもの調子で喚き散らすも、父は顔色など一切変えずに遠い目をしていた。
手が付けられなくなり、最終的に家令が母を呼んだようだ。
「まあまあ、カーリンちゃん、どうかしたの?」
「アウレリアお姉様と、お父様が私をいじめるの!」
「まあまあ、それは大変!」
母はカーリンの我が儘に寄り添い、落ち着かせる。
「〝惨殺伯〟と結婚するなんて、死んでも嫌よ!!」
「でもね、カーリンちゃん。ブランデンブルグ大公家のオリヴァー様と結婚したら、これまでみたいに遊ぶことができなくなるのよ?」
「そうなの?」
「ええ。窮屈な社交ばかり強いられて、退屈な行事にも参加しなければならないの。お友達とも、別れ別れになるわ」
母の言うお友達とは、カーリンの恋人のことである。
たしか舞台俳優だったような……。
「リンブルフ辺境伯と結婚すれば、毎日遊んで暮らせるし、お友達も一緒に行けるのよ」
「本当に?」
「嘘は言わないわ。リンブルフ辺境伯は、趣味の魔物狩りで忙しく、屋敷にはめったに戻らないそうだから」
母はあっという間にカーリンを言いくるめ、リンブルフ辺境伯に嫁ぐ方向へ話を進めた。
「それに、お父様がくださった〝魔石工房〟さえあれば、生活に困ることもないわ」
「〝宝石工房〟じゃなくて、〝魔石工房〟のほうなの?」
「そうよ。この先、宝石よりも魔石のほうが価値が上がると言われているのよ」
「わかったわ」
カーリンはそう言って、銀色の宝石箱を手に取ろうとした。それを父が制する。
「待て。それは……〝宝石工房〟のほうだ」
「ええ、こっちの汚いほうが、〝魔石工房〟なの?」
「そうだ」
カーリンは大きなため息を吐きながら、〝魔石工房〟を手に取る。
「価値がある品には見えないんだけれど!」
「まあまあ、カーリンちゃん、価値はそのうち分かるわよ」
「はいはい」
最後にカーリンは、にっこり微笑みながら言った。
「アウレリアお姉様、これからブランデンブルグ大公家で、奴隷のようにあくせく働くことね」
それじゃあごきげんよう。カーリンはそう言って、去っていったのだった。




