リンブルフ辺境伯領へ
リンブルフ辺境伯領に入る前に、粉塵避けの外套と目を保護する眼鏡を装着するようにと手渡される。
「ここから先は風が強くて、砂が舞っているんだ」
環境が過酷になっていくという。
ハルトヴィヒ様が用意した外套と保護眼鏡を装着し、再度ワイバーンに跨がる。
しばらく飛んでいくと、景色ががらりと変わっていく。
目の前に広がるのは手つかずの荒野。
実りの秋だというのに植物は枯れかけている。
それだけではない。大地はひび割れ、魔物らしき生き物が駆けていく乾燥地帯が広がっていた。
ハルトヴィヒ様が言うとおり、風が強く細かな砂や塵が渦巻くように舞っている。
強い風が吹いて、ワイバーンの体が横揺れした。
「――!」
私を抱くハルトヴィヒ様の力が強まる。
落ちるかもしれない、という恐怖が和らいだ。
「この辺りは魔物も特に多くて水場もなく、見ての通り乾燥しているから、人が住めないんだ」
こういう土地がリンブルフ辺境伯領の半分以上を占めるようだ。
しばらく進んで行くと、砂漠地帯が広がる。
この辺りもほぼ雨が降らず、当然ながら住むことはできないらしい。
さらにその先には巨大な岩々が突起した荒野となる。
「ここはリンブルフ辺境伯領でも特に魔物が多くてねえ」
この先にある人里にもやってくるようで、ハルトヴィヒ様は定期的にこの辺りの魔物退治に出かけるという。
「時期によっては魔物退治に忙しくて、なかなか帰れなくなるんだ」
王都で噂になっていた魔物退治が趣味で屋敷にほとんどいない、というのは真実が曲がって広まったのだろう。
やっと人里が見えてくる。
そこは山々に囲まれた渓谷のふもとにあり、山から流れる川とわずかだが緑もある。
「あっちの建物が、うちの領地を守る騎士隊〝銀狼騎士隊〟の騎士舎だよ」
大きな建物と、訓練用の広場らしきものが確認できる。
「あれが、我が家だよ」
小高い丘にリンブルフ辺境伯家の屋敷が建っていた。
渓谷に入ると特に強い風が吹く。
「きゃあ!」
「大丈夫、落ちないから。しっかり捕まっていて」
こういう強い風が、悪いタイミングが重なって嵐となるのだろう。
ワイバーンは慣れているのか、風と風の合間を縫うようにすいすい飛んでいった。
「山から流れる川と、ここの湖が、うちの領の貴重な水場なんだ」
人里の近くには農耕地があり、数は多くないが家畜を育てるエリアも存在するという。
「あの山の向こうが隣国ドール・ノワールだよ」
高くそびえる山々の向こうが敵国だと聞いて、緊張してしまう。
「歴史上、この山を越えて侵攻されたことはないらしい」
なんでも険しい斜面が続き、山頂は深い雪で覆われているという。
さらに不思議と、侵攻を止めるかのように強い風が吹くようだ。
「侵攻しようとしても、山が行く手を阻むみたい」
「まるで、この地は自然に守られているようですね」
「そうだね」
そんなことを話しているうちに、リンブルフ辺境伯家の屋敷に到着する。
周囲は高い塀に囲まれていて、森のような広い庭がある。
屋敷は城塞のように堅牢な造りをしていた。
リンブルフ辺境伯家の庭にワイバーンは着陸する。
先にハルトヴィヒ様が下りて、手を差し伸べてくれた。
彼の手に、そっと指先を重ねる。
すると、私を抱き上げるように優しく下ろしてくれた。
「――!」
三時間ほどワイバーンに乗っていたからだろうか。足下がふらついてしまう。
ハルトヴィヒ様はすぐに私の腰を支えてくれた。
「抱いたまま、家まで運ぼうか?」
「いいえ、大丈夫です。ですが、少しこのままで……」
「わかった」
目の前には豊かな花園が広がっている。
秋薔薇が盛りだった。
「美しい庭ですね」
「ああ、そうなんだ」
庭師が丁寧に世話をし、管理している庭だということがわかる。
しばらく眺めていると、人影が見えてきた。
「ああ、お迎えがきたな」
やってきたのは四十代くらいの夫妻と、ドレス姿の姉妹。
「あれが俺の家族だよ」
どうやら彼らがハルトヴィヒ様の身内である、叔父一家らしい。
はじめが肝心だ。そう思いつつ、背筋を伸ばして立つ。
「どうもどうも、あなたがハルトヴィヒ君の花嫁かな?」
「はるばるこんな場所まで嫁いでくるなんて、大変だったでしょう?」
柔和な雰囲気のご夫婦だった。
スカートを摘まんで挨拶する。
「お初にお目にかかります、アルテンブルク侯爵の娘、アウレリアと申します」
ハルトヴィヒ様の叔父はアンドリュースさん、叔母はアンナマリアさんだという。
ご夫妻はにこやかに私を迎えてくれた。
「なんて素敵なお嬢さんなんだ」
「本当に」
温かく迎えてもらって、ホッと胸を撫で下ろす。
しかしながら、次の瞬間、鋭い視線に気付く。
それは、美しい双子の姉妹の眼差しだった。




