出発!
結局、ハルトヴィヒ様は最後まで私の隣にいてくれた。
これが婚約お披露目会での正しい振る舞いだったのだ、と終わってから気付く。
そしてカーリンは最後まで、オリヴァー様と並んで現れることはなかった。
翌日――私とハルトヴィヒ様はリンブルフ辺境伯領に向かうこととなった。
父や使用人に見送られ、実家を発つ。
「アウレリア、幸せに暮らすのだぞ」
「はい、お父様」
一度目の人生のときは、こんなふうに父から声をかけられることもなかった。
病気が完治して、本当によかったと思う。
「リンブルフ辺境伯、娘をよろしく頼む」
「はい、大切にしますので」
ハルトヴィヒ様はそう言うと、私を見ながらにっこり微笑んでくれた。
ワイバーンの背中に乗るのは初めて。先にハルトヴィヒ様が乗り、私に手を差し伸べる。
ぐっと一気に引かれ、騎乗することとなった。
横乗りにするか聞いてくれたけれど、空を飛ぶので恐ろしい。
乗馬用のドレスを着てきたので、鞍に跨がらせてもらった。
ワイバーンが上体を上げると、視界は馬より高くなる。
ハルトヴィヒ様は私が落ちないように、腕を回してぐっと接近する。
吐息がかかりそうなくらい距離が近くなったので、ドキドキしてしまった。
けれどもそれは一瞬で、次の瞬間には別の意味でドキドキすることとなる。
翼をはためかせると、一気にふわりと浮かんだ。
上空から王都を見下ろす。
人々の営みをひと目で見渡すこととなった。
生まれ育った場所を離れ、遠くの街で暮らすことは初めて。
ドキドキと胸が脈打ち、不安もあったものの、それ以上にワクワクしている自分に気付いた。
どうしてだろうか?
きっと、ハルトヴィヒ様が一緒だからだろう。
こんな気持ちは初めてだった。
「アウレリア、怖くない?」
「少し、怖いです。ですが、ワクワクしている気持ちも大きくて……不思議です」
「そっか。絶対に落ちないから、安心してね」
「はい」
ハルトヴィヒ様がしっかり腕を回してくれているので、安定感は抜群だ。
初めての飛行は、私に初めての感情をもたらしてくれた。
二時間ほど飛行を続けたものの、途中で休憩を挟む。
下り立ったのは、平地にある湖のほとり。
ワイバーンは喉が渇いていたのか、湖の水をごくごく飲んでいた。
私達も昼食にしよう。
そう思って実家から持参したピクニックセットを広げる。
魔技巧品の収納鞄からバスケットを取りだすと、ハルトヴィヒ様は驚いた。
「わあ、それ、どこから出したの?」
「魔法の鞄に入れていたんです」
「そんな物まであるんだ! 便利だなあ」
ちなみにハルトヴィヒ様は、湖で魚を獲って食べさせようと考えていたらしい。
「釣りをされるのですか?」
「いいや、見ていてね」
ハルトヴィヒ様はナイフを獲りだし、持ち手に紐をくくりつける。
湖をジッと眺め、ナイフを放った。
すると、ばしゃばしゃと水面が揺れる。
紐を引くと、大きな魚が飛び出てきた。
まさかこのような方法で魚を獲るとは、まったく想像していなかった。
感嘆の声をあげようとした瞬間、魚を追うようにして大きな影が水面から飛びだしてくる。
「え!?」
思わず声を上げてしまう。
なぜかと言えば、六十インチはありそうな、巨大なカワウソが魚を追うように飛びだしてきたから。
ハルトヴィヒ様も予想外だったようで、目を丸くしている。
ただ、それだけで終わらなかった。カワウソに続くように、巨大な爬虫類系の魔物が飛びだしてきたのである。
カワウソは魚を食べようとし、爬虫類系の魔物はカワウソを食べようとしていたようだ。
突然の食物連鎖に、カワウソは声を上げる。
『ぎゃあ、なんだそれ!?』
人語を喋った!? なんて驚いている場合ではない。
ハルトヴィヒ様はナイフを手繰り寄せると、カワウソと爬虫類系の魔物も陸へ上がってくる。
鋭い牙を持つ口元に、大きく開く顎、鋭利な爪先に、巨大な体を持つ魔物だった。
「アウレリア、下がって!!」
「は、はい!」
おそらくあれは〝コロカジール〟と呼ばれる、ワニに似た魔物だろう。
表皮が硬く、刃が立たないと魔物図鑑にあった。
ハルトヴィヒ様は剣を引き抜き、コロカジールに斬りかかる。
ガキン!! という、金属を弾くような音が聞こえた。
ハルトヴィヒ様が戦っている隙に、カワウソは私の背後に回り込む。
獲れた魚はしっかり抱えていた。
コロカジールが金属音のような鳴き声をあげる。
すると、湖から仲間が這い出てきた。
これ以上、相手にするのは危険だ。
ハルトヴィヒ様も一人では対処しきれないだろう。
どうすればいいのか。
なんて考えていたら、魔石工房が魔法の鞄からコロリと転がってきた。
これだ!! そう思って蓋を広げて呪文を唱える。
「自動吸収!!」
魔石工房が、コロカジールの群れを一気に吸い込む。
あっという間に、全滅させてしまった。
箱がガタガタ揺れ始めたので、慌てて呪文を唱える。
「形成!」
魔法陣が浮かび、蓋が開く。
コロカジールは一瞬で、魔石と化した。
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