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限界エンジニアの異世界炎上案件〜独り言が神話級魔法になるとか聞いてない〜  作者: 白崎ことは


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【第1話】適当に「勝手にして」と逃げたら、騎士様を無給の専属サポーターに固定していた

七十二時間連続コーディングの末、田中航一郎(三十七歳)はデスクで寝落ちした。


次に重い瞼を開けたとき、視界は鬱蒼とした森の中に変わっていた。


頭上には、赤と青の二つの月が浮かんでいる。


そして目のまえでは、巨大な狼の化け物が群れをなし、銀の鎧の少女に牙を剥いていた。


生臭い獣の息遣いと、鼓膜を震わせる咆哮。


「あ、すんません。これ俺の担当案件じゃないんで……」


航一郎は虚ろな目で宙を見つめ、社畜特有の事勿れ主義で後ずさった。


ついに夢のなかでまで、ファンタジーRPGのバグ対応デバッグか。


《生体リンク完了。対話型・業務最適化AI『ARI』、起動しました》


突如、右耳の奥で、無機質で透き通るような女性の声が響いた。


(……チュートリアルの音声アシスタントまで完備か。脳内GPUのレンダリングが優秀すぎるだろ)


航一郎は完全に明晰夢だと確信し、面倒くさそうに頭を掻いた。


「もういいよ。とりあえずこのチュートリアル、終わらせてくれ」


目のまえでは、化け物が少女の喉元へ飛びかかろうとしている。


「スパムみたいに湧きやがって。効率落ちるから、一括で消しといて」


《コマンドを受理。業務効率低下を確認》


《対象の消去プロセスを実行します》


脳内に響くシステム音声が、航一郎の適当な言葉を、冷徹な物理破壊指令へと変換した。


直後。


鼓膜を突き破るような爆音とともに、化け物たちがいた空間が大爆発を起こした。


閃光。


大地が丸ごと抉り取られるほどのすさまじい衝撃波が広場を駆け抜ける。


熱風が吹き荒れ、迫っていた魔物の群れは一瞬でチリ一つ残さず灰へと変わった。


「…………へ?」


目のまえの破壊を呆然と眺めていた航一郎の額に、ドスッ、と何かが当たった。


爆風で吹き飛ばされてきた、親指ほどの小石だった。


「痛っっっ!?」


航一郎は額を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。


ジンジンと痺れるような痛みが、脳の芯まで響いてくる。


さらに、チリチリと空気を焼くオゾンの臭いと、肌を刺すようなリアルな熱気。


(痛い!? VRに痛覚や嗅覚の完全再現なんて技術、存在しないぞ!)


目のまえにあったはずの森の一部が、クレーターのように完全に消滅している。


(嘘だろ……これ、現実!? ていうか、この惨状の始末書、誰に出せばいいんだ!?)




◇◇◇




耳鳴りがするほどの静寂のなかで、エリスはただ呆然と焦土を見つめていた。


先程まで自分を食い殺そうとしていたAランク魔物の群れが、チリ一つ残さず蒸発している。


魔法陣の展開も、事前の詠唱すらも、一切存在しなかった。


ただの青年が、見たこともない言語で空間の法則そのものを書き換えたのだ。


土煙が舞う凄惨な破壊の痕跡のなかで。


しゃがみこんでいたその青年は、虚ろな目をして、ただ一言だけぽつりと呟いた。


「……寝たい」


エリスの全身の毛穴が開き、粟が総立ちになった。


これほどの命を消し飛ばしておきながら、その声には何の感情も、興奮すらも含まれていない。


ただの退屈な日常の作業を終えたかのような、底知れぬ無機質な疲労感。


言葉すら浮かばない。ただ、本能だけが警鐘を鳴らしている。


(——これは、人ではない)


もし彼が少しでも機嫌を損ねれば、自分の祖国がどうなるか、想像すらできなかった。


圧倒的な異常存在に対する、根源的な恐怖。


(私が、彼の怒りを買わないよう、防波堤にならねば……!)


エリスは泥だらけの地面に額を強く擦りつけ、決死の覚悟で声を絞り出した。


「偉大なる御方よ……! どうか、この私をあなたの側に置いてください!」




◇◇◇




(やばいやばいやばい! なんでガチの土下座してんの!?)


航一郎の胃が、ギリリと激しい音を立てて痛んだ。


こんな物騒な異世界の住人に、森を消し飛ばした犯人が自分だとバレたら終わる。


(逃げろ! 関わったら絶対に責任問題になる! 俺は何も知らない!)


航一郎はパニック状態で後ずさりしながら、必死に両手でバツ印を作った。


「い、いや待て! 俺は何も指示しないし、残業代も出せない! 君は君で、勝手にしてくれ!」


ただの小市民的な責任逃れである。


しかし、ARIの無機質な音声が、彼を守るための「善意」としてそれを最悪にコンパイルする。


《『無報酬』および『業務の委任』を受理しました》


《マスターの負担軽減のため、対象を専属サポーターとして固定します》


直後、エリスの足元に青白い魔法陣が展開し、見えない契約の証が彼女を縛り付ける。


エリスは逃げ場のない契約に絶望し、血の滲む唇を噛みしめて平伏した。


(なんでそうなるんだよ……!)


「やめろARI! キャンセルだ! 今のなし! 安全な状態に戻してくれ!」


航一郎は激しく混乱しながら、システムの暴走を止めようと必死に叫んだ。


《『安全環境の確保』を受理しました》


《周囲環境の安全化を開始します》


(ちがう! 待て、安全化って何する気だ!? やめろやめろやめろ!)


航一郎は咄嗟に、自分の口を両手で力いっぱい、物理的に塞いだ。


これ以上、一文字でも言葉を発すれば、本当に森ごと消し飛んでしまう。


(そうだ、喋らなければいい! 口を塞げばシステムは動かないはずだ!)


《警告。マスターの疲労蓄積を確認しました》


突如、ARIの短い声が脳内に響き渡る。


「……え?」


《マスターの負担軽減を最優先します》


《これより、脳波からの直接抽出モードへ移行》


(マズいマズいマズい! 考えるな俺! 考えるな考えるな考えるな!)


《『思考の放棄』を受理。周囲環境の自動最適化を開始します》


(終わった……! 考えることすら勝手に処理される……!)


逃げ場を完全に失った限界社畜・田中航一郎は、冷たい土の上へ意識を手放す直前、心からこう思った。


(……会社辞めたい)


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