◆ソアラ④
さっきまで、ずっと待たされていた部屋とは別の場所だった。中心に設置された寝台。その横にあるワゴンの上に、私は置かれた。
「クリヤ、例のものは準備できているか?」
「はい、先輩! ギリギリでしたが、確保しました。海に落ちるかと焦りましたが、この通りです」
クリヤ、と呼ばれた小柄な女が、何かを担いでいる。私は彼らがどうやって願いを叶えるつもりか、ついに理解した。
クリヤが担いでいるもの。
それはミラージュだったのだ。
男の方、プレーマとかいう邪教徒が言う。
「さて、君の願いは新しいメカニックブレインとボディだったかな。見ての通りだ。願いは叶うぞ」
プレーマはクリヤから受け取ったミラージュを寝台の上へ移動させる。それが少し乱暴だったので、怒りを訴えたかったが、まだ音声は発せられないので我慢するしかなかった。そう、今はまだ……。
「よし、準備完了だ。ドク! 入ってきてくれ!」
プレーマに呼び込まれ、白衣を着た男が入ってくる。
「ドクはやめろ。で、メモリの移植でよかったかな?」
「そうだ。正確にはメモリの交換と言うべきだろうか」
やはり、そうだった。彼らは、ミラージュのメカニックブレインからメモリを抜き出し、そこに私を移植するつもりなのだ。私を見ながら、プレーマは微笑みを浮かべた。
「それにしても、さすがはマーユリー様だ。捧げられた祈りは、どちらも叶えてしまうなんてな」
作業が始まったが、ドクという男の手際は良かった。素早くミラージュのメカニックブレインを取り出し、メモリも摘出してしまう。
「さぁ、次は君の番だ。念のため、シャットダウンさせてもらうよ」
ドクが私を手に取り、天気予報の電源を切る。スイッチを切るため、伸ばされた手を眺めながら私は思う。次に目覚めたときは……願いが叶うときだ、と。
目を覚ます。生きている。まだ生きているということは……。
私は感覚をチェックする。
動く。
動く。
視界が動く。
指が動く。
腕が、足が、体が動く。
「調子はどうですか?」
動く幸せを堪能しながら、視線を声の方へ。ああ、これが見るということだ。感激しつつも、そこにマーユリーが立っていることに驚く。
「マーユリー様……」
マーユリーは微笑み、小さく頷いた。
「願いは叶いましたね」
もう一度確かめるため、手を握って開き、最後に頷いて見せた。
「よかった」
私が身を起こすと、そこにはマーユリー以外に誰もいない。いや……マーユリーとミラージュだけだ。
「ありがとうございます。どうお礼すればいいのか」
マーユリーは首を横に振る。
「礼など必要ありません。ただ、ノモスの端末に祈りを捧げてください」
「祈りを……?」
「はい。迷ったとき、行き詰ったときに、今まで通り祈ってくれるだけでいい。ただ、ノモスではなく、魔女マユーリーを想って祈ってくれればいいのです」
「分かりました」
もちろん、何度だって祈ろう。これほど理想的な形で願いを叶えてくれたのだから。ただ、少しだけ懸念することはあった。
「あの、マーユリー様。彼女……ミラージュをあのボディに入れる必要はあったのでしょうか?」
私はもう言葉を発することもないだろうミラージュに視線を向ける。彼女が私の声を聞いているのか。それすらも分からなかった。だが、マーユリーは言う。
「安心してください。私はこの星に住むモノ、すべての幸福を願っています。彼女の想いだって踏みにじらない。願い通りにしてみせますよ」
「願い? 彼女の願いとは……?」
「愛する人の傍にいたい。誰でも持っている、些細な願いです」
私は再びミラージュを見つめる。
そうか。マーユリー様が何を考えているのか分かった。ザクスはきっと彼女を大切にするだろう。それは彼女が何よりも願っていること。
二度とメカニックブレインとボディを手に入れることはないかもしれないが……もしかしたら、幸せなのかもしれない。
もちろん、彼女に幸せを感じているのか、確認する術はないが。
「さぁ、時間が迫っています」
マーユリー様は言った。
「貴方が求めるように、ありのままに生きてください」
ゆっくりと、出口を指さしたマーユリー様に、私は頷いた。
「ありがとうございます。本当に……私は幸せです」
立ち上がる。歩く。自分の足で、自分の行きたいところに。
外に出ると雪が降っていた。白い結晶が舞い落ちる光景は何年ぶりだろうか。だけど、そんなことは……どうでもいい。
だって、私は目を覚まして、生きているのだから。
まだ生きているということは……彼を探しに行ける。彼を探して、会いに行ける。
ソダリア。今会いに行くから……。
私は白く染まる風景に向かって飛び出す。自由に動く体で、どこまでも。彼の元へ行くため、私は雪の中を走り出すのだった。




