◆ソアラ③
多少の歯痒さはあったが、奇跡であることは間違いない。私はこの機会を逃すまいと、どうにかザクスにコンタクトを取る方法を考えた。
しかし、私は音声を発することすらできない。ただ、明日の天気を地面に表示するだけ。ザクスに存在を気付かせる手段は思いつかず、ただ時間が過ぎるようだったが……もう一つ、小さな奇跡が起こった。
「天気予報の表示が変なんだ。いつも気温が表示されるのに、意味のわからない数字を出すようになったんだよ」
ミシマ、という男がザクスに伝える。地面に表示された数字の羅列は、私の意思によるものだ。ボディが故障したおかげで、どんな偶然なのか数字なら自由に表示できるようになったのだ。
それを利用して、私は自分の存在を訴える。しかし、ザクスは一度では気付かなかった。ただ、私を眺めて、ぼんやりと呟くだけだった。
「また雪は見られるだろうか?」
雪……?
なんのことだろう。
私は過去のデータを遡り、ザクスと共通する記憶を確認した。
そうか。
確かに二人で雪を見たが、そんなことを覚えていたのか。だとしたら……。
「ソアラなのか? ソアラなんだな??」
数字で訴え続けた結果、ザクスは私の存在に気付く。ついに、このときがきた。私は天気予報として晒されていた間、ずっと考えていた計画を実行に移す。
まずは、これまでの経緯を話したが、思った以上にザクスの反応がいい。これなら簡単に感情プログラムのダイアログハックが成功するかもしれない。私はとっておきの言葉を彼に伝える。
「実は、視覚機能があるうちに、もう一度、雪を見たいんだ」
ザクスが目を見開く。ダイアログハックが成功した瞬間だった。彼は危険と分かっていながら、ノモスに祈りを捧げることも、邪教徒となることも厭わないようだ。
私は数十年ぶりに移動する。ザクスの手によって。ずっと、村を見渡す場所に固定されていたが、取り外され、ノモスの端末がある場所まで運んでくれたのだ。
ノモスの端末を前にして、私は覚悟を決める。ここからが勝負だ。ザクスが躊躇っている間に、先行して端末にアクセスする。そして、私は私の祈りを捧げた。
「Brave New World」
その表示に、どういった意味が込められているか分からない。しかし、私の祈りはザクスのものより、先にノモスへ捧げられたはず。
いや、マーユリーに捧げられたはずだ。不安で仕方なかったが、ザクスは行動に出る。パートナーである、ミラージュに別れを告げたのだ。
「たぶん、私は君より旧型だから、複雑な心を理解できないのかもしれない」
ミラージュに責められ、ザクスから出た言葉は、聞いたことがあった。あれは意識したものか、それとも無意識によるものか。
さて、どうなるのだろう。状況を見守っていると、天気予報という低機能なボディしか使わないような古いネットワークを通して、何者かが私のメモリにアクセスしてきた。
『こんばんは。ノモスに祈りを捧げたアンドロイドは貴方ですね?』
きた。本当にきた。
『貴方は、魔女マーユリーですか?』
『はい。貴方の願いを叶えるためにきました』
マーユリーは多くを語らなかった。ただ北に向かうよう、ザクスに伝えるよう言って、アクセスを切ってしまった。ただ、言われた通り、北へ向かうと、本物のマーユリーが現れる。そして、北にある魔女の工房を訪ねるよう伝えたが、去り際に私を一瞥した。
北へ。ただ北へ向かうと、彼女の言った通り、魔女の工房があった。
「もう少しだ、ソアラ。一緒に……雪を見よう」
ザクスの腕に抱かれながら、私は高揚していた。本当に願いが叶う日が来る、と。工房の扉を叩くと、魔女パールヴァが現れた。
「は、話は……聞いています。雪の準備も、進んでいるから、少し待っていてください」
「どうやって雪を降らすのですか?」
ザクスの質問に、パールヴァは気象兵器を見せた。本当に雪を降らそうとしているらしい。こんな大がかりなものを準備して、私の願いは叶えてくれるのだろうか。不安に思っていたが、工房の地下に案内され、何かの拍子でザクスが席を外したとき、パールヴァが私を見つめて言うのだった。
「あ、安心して……ください。ちゃんと、貴方の願いが叶うよう、準備は進めているので。す、すす、少しだけ実験させてほしいことがあって、じ、時間がかかっているけど」
実験とは、という私の疑問を感じたのか、彼女は答えてくれた。
「ひ、人は自然を守る大義のため、立ち上がることがあるのか……知りたい、のです。実験として、暇を持て余す若者に、ち、力を与えてみようかと」
よく分からないが、魔女たちは着実に計画を進めているらしかった。それから、しばらくパールヴァの工房で待ち続けたが、突然、青年が降ってくる。名前はアナトと言うらしい。ザクスはアナトに自らの過去を語る。
「彼女は、私にとって母であり、教師であり、親友でもあり、そして……恋人だった。長い話になるかもしれませんが、聞いていただけますか?」
話を聞きながら、記憶とは不思議なものだと思った。私とザクスが一緒に行動した時間は長かったが、覚えていることが違うものばかりだったから。ここまで、ザクスが私に執着しているとは、正直分かっていなかった。
感情プログラムが古いと言って誤魔化していたが、本当はその通りなのかもしれない。ザクスの話が終わったころ、パールヴァが外の異変を察知し、ザクスと一緒に様子を見に行くことになった。私もザクスに抱えられ、外に出ると、二人の魔女によってパールヴァの工房は破壊されていた。一人の魔女が名乗る。
「……私は一条瑠璃。正しくない祈りを止めるために、貴方を追ってきたわ」
聞いたことがあった。確か、コーラルの魔女と呼ばれ、汚染を事前に防ぐ活動をしているとか。だとしたら、私の願いが危険なのではないか。
ザクスは私を氷の上に置き、魔女と交戦に入る。この二人だけではない。パールヴァとラストナンバーズも戦いを始めたため、巻き込まれるのではないか、と冷や冷やしていた。
こうしていると、あの日のことを思い出す。岩の下敷きになって動けず、近付く戦闘の音に恐怖したあの日。そして、ソダリアと出会ったあの日だ。
恐怖しながらも、生暖かい感情に溶けていきそうな想いに浸っていると、ついにそのときがきた。
「先輩、見つけましたよ! あれが例の天気予報ではないですか?」
「よくやったぞ、クリヤ」
何者かが近づいてくる。振り向いて確認したいが、もちろん私は動けない。だが、向こうの方から私の視界に入ってきた。一人は金髪碧眼の軽率そうな男。もう一人は小柄な女だった。男の方が言う。
「お待たせしてしまったかな? 俺はプレーマ。マーユリー様の使い……つまりは邪教徒ってやつだな」
「同じく、邪教徒見習いのクリヤです」
男の方が私を拾い上げ、整った顔に甘い笑顔を浮かべた。
「さぁ、否定された願いを叶えに行こうか」
そして、私は邪教徒に運ばれ、再び工房の地下へ向かった。




