エピローグ
「つ、疲れたぁ」
クシェトラに帰ってきた、瑠璃と翡翠は同時に大きな溜め息を吐いた。ウッタラの人々の移住を手伝うという大仕事を終えてきたのである。
「瑠璃が余計な仕事まで受けちゃうからぁ」
翡翠が不満を言うのも無理はない。仕事内容はウッタラの人々が移動する間、盗賊や邪教徒に襲われないための護衛だったのだが、汚染を止められなかったという罪悪感があった瑠璃は、格安で請け負っただけでなく、荷物運びなど余計なことまで手伝い、翡翠もそれに巻き込まれてしまったのだから。
「悪かったわよ……」
瑠璃は情に流されやすい自分の性格が仇となるシーンが何度もあったため、今回の件も反省してはいるのだが、翡翠は呆れたような目を返すだけだ。
「二人とも、お帰り」
瑠璃と翡翠の気配を感じたのか、アナトがテントから顔を出した。
「アナトくん! 聞いてよぉ……。瑠璃のせいで凄い疲れちゃったぁ」
テントからアナトを引っ張り出し、今日の出来事を最初から最後まで説明する。
「それは大変だったな」
聞き終えたアナトは、労うような笑顔を見せると、翡翠は少し落ち着いたようだが、まだ不満があるらしい。
「こんなことなら、アナトくんも一緒だったら良かったのに。三人でやれたら、もっと楽しかったのになぁ」
「そうよ」
と、瑠璃が同意の言葉を漏らすと、アナトと翡翠が同時にこちらを見た。
「いや、楽しいとかじゃなくて」
それが居心地が悪かったのか、瑠璃はすぐに訂正する。
「アナトくんが手伝ってくれたら、私たちの負担が減ったのに、って意味だからね。どうせ暇だったんだからさ!」
誤魔化すように大きな声を出す瑠璃だが、今度は翡翠は否定した。
「駄目だよ、瑠璃ちゃん。アナトくんはもう無職じゃないんだから」
「ああ……そうだったわね」
いつの間にか、アキーバで技師の仕事に就いていたアナト。最初は自分に相談もなかったため、少しばかりヘソを曲げていた瑠璃だが、今回の事件は彼の技師としての知識があったおかげで、最悪の結末は避けられた、と言える。
「でも、どうして技師の仕事を選んだの? 村の畑仕事だって、人手が足りてないわけだし、わざわざ遠くのアキーバまで通って、難しい仕事を選ぶ必要はないじゃない」
貧しいコーラルを支えるための仕事は、そこら中に存在している。いくら常識のないアナトでも、遠くまで出稼ぎに行く必要などないのだ。しかし、彼は言う。
「どうしても、技師になりたかったんだ」
「だから、どうして?」
アナトが決断した理由に、二人は強い興味を示して、彼をじっと見つめる。そんな彼女らに笑顔を返しながら、アナトは自らの気持ちを明かすのだった。
「一条が言っていたじゃないか。クシェトラに技師がいて、スクールで教える人間がいれば、子どもたちの将来が広がるって」
「……そのために技師を選んだの??」
目を丸くする瑠璃に、アナトは首を横に振る。
「もちろん、それだけじゃない。万が一、翡翠が怪我したとき、技師の知識があれば、僕が治してあげられるかもしれない。そう思うと、技師はクシェトラに必要な存在だと確信できたから選んだんだ」
重ねて驚きを覚える瑠璃だが、彼女の横にいた翡翠が、突然アナトに飛びついた。
「優しいー!! アナトくん、本当に優しいね! 私、こんなに優しくしてもらったの、久しぶりだよー!!」
「ちょ、何くっ付いてんのよ!!」
頬を摺り寄せんばかりに、アナトに抱き着く翡翠。それを必死に剥がそうとする瑠璃だが、どんだけ力を込めても離れそうにない。しかも、アナトも笑顔を浮かべるだけで、より腹が立ったのだが、翡翠の反撃キックを受けて、瑠璃はひっくり返ってしまった。
痛い。もちろん、手加減したのだろうが、自分の馬鹿力を理解していないのだろうか。いつもなら、すぐ立ち上がってお返しする瑠璃なのだが……。
(そっか……。クシェトラのため、か)
大の字で倒れたまま、瑠璃はつい微笑みを漏らす。何気なく話した、スクールの問題点をアナトが覚えていたなんて。どこかくすぐったく……いや、シンプルに嬉しかったのだろう。さらには、クシェトラで孤独を感じていた、翡翠に寄り添ってくれる人間が現れたことも、嬉しかった。
「ごめんね、瑠璃ちゃん。痛かった??」
「大丈夫か??」
いつまでも起き上がらない瑠璃を心配したのか、二人が視界の中に入ってきた。だが、瑠璃の表情を見た翡翠は頬を引きつらせる。
「わ、笑っている! どうしよう、アナトくん。私が強く蹴りすぎたせいで、瑠璃ちゃんおかしくなったのかも。治してあげてよ!」
「メカニックな部分があるなら、挑戦してみよう」
「ちょっと! おかしくなってないっての!」
勝手なことを言う二人に怒鳴る瑠璃だが、疑問が晴れないのか、翡翠が傍らに屈んで質問を重ねた。
「じゃあ、何してんの??」
「ただ、星を見てただけよ。ほら、綺麗でしょ?」
瑠璃が空に向かって人差し指を突き出すと、二人がほぼ同時に顔を上げた。
「おー、ここ最近は曇り空だったし、久しぶりに見たかも」
「確かに綺麗だ」
アナトが瑠璃に倣って、彼女の隣に寝転んだ。
「本当に凄い。こんな風に星を見たのは……初めてだ」
「えー、そんなにいいの?」
続けて翡翠も瑠璃の横に寝転ぶ。二人の行動に驚きながら、実は夜空をよく見ていなかった瑠璃も、目の前に広がる光景を眺めてみた。
(本当だ。凄い綺麗……)
汚染されているとは思えないほど、美しい星空だ。いつかコーラルの汚染が完全に浄化されたら、この星空はさらに美しく見えるのだろうか。何となく、左右にいる翡翠とアナトを見て、再び視線を空に向ける。
汚染が完全に浄化されたら……。
そんな日が来るまで、この二人は横にいてくれるのだろうか。
瑠璃はもう一度微笑みを浮かべながら、言葉にならない祈りを、この美しい夜空に捧げるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
「魔女たちの終末」は、しばらくお休みしますが、新しく始めた和風ダークファンタジーを応援いただけましたら幸いです。
■徒花の巫女
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