◆ソアラ①
目が覚めた。生きている、らしい。まだ生きているということは……。
私が生まれたのは、戦争の真っ只中で、落ち着ける場所はどこにもなかった。その日も、魔女たちの襲撃によって、私の腕は千切れ、少しでも戦場から離れるために走っていた。
「……もうダメだ」
逃げいてたのに、魔力核が破損してしまったのか、動きが鈍って、ついには歩くこともままならなくなってしまう。何とか岩場に隠れたが、焦げた匂いと爆音が少しずつ近付いてきた。
「ここまでなのね」
人間は死に際に恐怖という感情を抱くそうだが、私はアンドロイドの戦士だ。恐怖など感じるわけがないし、最後まで落ち着いた気持ちで最後を迎えるだろう。そう思って、静かに目を閉じるのだが……。
「嫌だ」
いつの間にか、私の感情プログラムは得体のしれない感情でいっぱいになっていた。
「死にたく……ない」
そうか。これが恐怖なのだ。私は不自由になってしまった足をどうにか動かし、近付く死の恐怖から少しでも離れようと前進した。しかし、急な揺れを感じたかと思うと、視界がブラックアウトしてしまう。
目が覚めた。生きている、らしい。
私は手を伸ばそうとしたが、少しも動かなかった。周辺状況を把握するため、センサーを起動させると、崩れた岩の下敷きになっているようだ。自力ではどうにもならない。だが、激しい揺れが少しずつ近付いてくる。
「魔女たちがくる……」
やつらは容赦がない。私たちをメカや機械と呼び、無慈悲に命を奪おうとするのだから。私は救難信号を発する。仲間たちも必死に逃げているだろうから、助けてもらえる可能性は低いが、何もしないよりはマシだ。
私は祈る。どうかお助けてください、と。
しかし、揺れも爆発音も近くなり、ついに覚悟しなければならないと、ぐっと目を閉じた……。
「おい。いるのか?」
声が聞こえた。
「いる。ここに、いる!」
真っ暗闇だった視界に光が差し込んだ。
「出してやる。待ってろ」
「助かる。……でも」
でも、私に構っていたら危険ではないか。それでも、助けにきてくれた仲間は、私の自由を奪う岩を撤去してくれたようだ。何名の仲間が私の救援に力を貸してくれているのだろうか、と顔を上げて確認してみると……。
「貴方だけ、なのか?」
岩を撤去しているのは、一人の男性型アンドロイドだけだった。
「あと少しだ。待っていろ」
揺れは大きく、すぐ近くに敵の攻撃が落ちてきているのに、彼は冷静に岩の撤去を続けた。
「もういい! 逃げてくれ!」
たまらず、こちらの方が立ち去るよう叫ぶが、彼は淡々と岩を運び続け、私を引っ張り出す。
「よし、行くぞ」
そして、彼が私を背負って走り出してから数秒後、魔女たちの攻撃によって私が埋もれていた場所が爆発する。彼が助けにきてくれなかったら、あの岩々と一緒に粉々になっていたと思うと、恐ろしかった。
「ここまでくれば大丈夫だろう」
戦場から遠く離れたところで、彼は私を下ろした。魔力核の損傷を応急処置するための簡易修理を受けながら、私は彼に打ち明ける。
「私は戦士として失格だ」
「……何があった?」
修理装置をセッティングしながら、彼が聞いてくれた。
「恐怖を感じてしまった。死にたくない。逃げ出したい。そう思ってしまった」
戦うために作られたアンドロイドであれば、打ち明けるべきではない感情だ。実際、彼は私の告白を聞いて、何も言ってくれなかったので、軽蔑されたのだろうと目を伏せるしかなかった。しかし、彼はぽつりと呟く。
「俺たちアンドロイドも、昔に比べれば高度な感情を持ち合わせている。恐怖を感じるとしたら、それは進化している証拠だ」
「進化……?」
「生命体として、より優れている道へ進んだ、ということだろう」
まさか、肯定されると思っていなかったため、ただ意外で言葉が出なかった。しかし、少しずつ温かい何かが胸に溢れていく。
そう、これも感情だ。今まで感情プログラムが生み出せなかった、新たな想い。進化した心に違いなかった。
「……貴方の名前を教えて欲しい」
簡易修理装置のセッティングを終えたのか、ずっとモニターを見ていた彼が、私を見た。
「ソダリアだ」
「……ソダリア。良い名前だ」
彼は何も言わず、簡易修理装置のスタートボタンを押す。本体から伸びた小さなアームの先端には、鋭い切っ先。それが私の胸に突き刺さった。魔力核を直接触れられるような感覚に、視覚機能がおかしくなりそうだったが、彼……ソダリアは私に訊ねる。
「君の名前は?」
「……まだない」
そう、私は使い捨ての戦士。名前すらなかったのだが、彼はじっと私を見つめた後、こんなことを言うのだった。
「ならば私が命名しよう。ソアラ、というのはどうだ?」
「……気に入った」
名前など何でもいい。そう思っていたのに、彼の付けてくれた名前は、私に感情プログラムに、これまでなかった処理を強いるのだった。
それから、私とソダリアはベースキャンプを探すため、一緒に行動を続ける。肌を焼くような晴れた日も、溺れてしまいそうな雨の日も、沈んでしまいそうな雪の日もあった。
だけど、いつだって楽しかった。いや、楽しいという感情を知った。ソダリアの感情表現機能は私よりも旧型で、どのように感じているのか分からないこともあったが、たぶん同じように感じていたのだと思う。
想い出を重ねるたびに、ソダリアに対し、信頼を寄せられる相手だと認識を深めて行くのだった。
「ソダリア。私は貴方を愛している」
私は感情プログラムが出した結論をそのまま伝えた。魔女たちに出くわしてしまい、必死に逃げた日の夜のことである。しかし、ソダリアは私をただ見つめて言うのだった。
「愛が……分かるのか?」
「貴方は分からないの?」
「……私は君よりも旧型のアンドロイドだ。それほど、感情も発達していないのだろう」
残念だった。私の心は彼に対する愛で潰れてしまいそうなのに、この気持ちを共感できないなんて。
でも、同時に嬉しくもあった。
彼は私以外の誰かに愛情を注ぐこともない。だとしたら、私の気持ちが尽きない限り、私たちが離れ離れになることはないはず。
そして、私の気持ちは絶対に尽きることはないのだから……この関係は半永久的なものだと思った。
しかし、戦争は残酷なものだ。
私たちはベースキャンプを見つけたものの、すぐに大規模な攻撃を受けて、離れ離れになってしまうのだった。




