そこの女より先に
「あ、アナトさん……」
震える手を持ち上げ、パールヴァはアナトに助けを求めるようだった。
「摩妃さん!」
「ちょ、待って!」
瑠璃の制止も聞こえなかったのか、危険なオリジナルウィッチに躊躇なく駆け寄るアナト。瑠璃は大きく息を吐いてから、後を追った。
「せ、せっかく……お友達になる、って……やや、約束したのに、ひど、ひどいじゃないですか」
友達?
そんな約束をしたのか、と瑠璃はパールヴァの傍らに膝を付くアナトの頭を見下ろす。
「申し訳ない。摩妃さんが僕の大切な人を殺してしまいそうだったから」
「大切な、人?」
目を丸くしたパールヴァが、ゆっくりと瑠璃を見る。その視線を受け、瑠璃はひどく動揺した。大切な人って……こいつは何を言っているのだ、と。しかし、アナトは平然とした調子で頷く。
「はい。一条と翡翠は、僕にとって恩人なんです。二人が面倒を見てくれなければ、僕はどこかで野垂れ死にしていたでしょう」
「そう、でしたか」
大切な人の意味に、瑠璃は思わずパールヴァと同じ言葉を口に出しそうになったが、何とか飲み込む。パールヴァの方は、その回答に納得したのかどうか、アナトに上半身を抱えられながら、空を見上げたようだった。いや、舞い落ちる雪を見ているのかもしれない。
「私、例のリモコンで、気象兵器を起動させたんです。こ、この雪、私が降らしたんです、よ?」
「……なるほど」
アナトの短い返事を聞いて、例のリモコンとはどういうことだろう、と心の中で首を傾げる瑠璃。まるで、アナトが最初から事件に関わっていたみたいではないか。パールヴァの話は続く。
「そ、それで、貴方の言う通り、じ、人類とアンドロイドが滅べば、ししし、自然は回復すると思って……。あ、危ない」
「ん? いたっ!!」
アナトの頭に落とされたゲンコツ。言うまでもない。瑠璃によるものだ。自らの頭を撫でるアナトを見て、パールヴァは心配そうに訊ねた。
「だ、だだ、大丈夫ですか??」
「誤解が解けるよう、あとで努力するつもりです」
アナト本人が納得しているのならば、とパールヴァは再び視線を空の方へ向けた。
「あ、あと少しで、し、自然を、すすす、救えると思ったのですが……」
雪が舞い落ちる音が聞こえる。そんな気がしたが、再びアナトが口を開いた。
「それについて、少し考えてみたんです。その考えは、間違っているんじゃないか、って」
「……どど、どうして、ですか? き、聞かせて、ください」
アナトは頷く。
「人間もアンドロイドも、自然の延長ではないか、と僕は思ったんです。すべての動植物は、自分が生きていけるよう、環境を作っていく。食べ物を探して縄張り争いしたり、子孫を増やすために別の種を追い出したり。人間やアンドロイドも同じなんですよ。ただ、自分たちの生きやすい環境を模索しているのに、それを圧倒的な暴力で捻じ曲げるのは……自然の意思を曲げるのと同じではないでしょうか?」
「……そう、かも、ですね」
瑠璃は納得できなかったが、パールヴァはアナトの意見を受け入れたのか、ゆっくりと目を閉じた。
「もっと早く、あ、あ、アナトさんと……お友達になりたかった」
健気なことを言う、と思ったが、彼女はこんなことも呟く。
「少なくとも、そこの女よりは、先に……」
勝手に対抗するな、と言ってやりたかったが、それよりも、この女の処遇だ。中央に引き渡すか。それとも、この場でとどめを刺すべきなのか。しかし、瑠璃は迷うべきではなかった。
「あ、あ、アナトさん。また、会いましょう。そのときは、こ、こ、今度こそ……おとも、お友達に!!」
パールヴァの体がアナトの腕から離れたかと思うと、急速に浮遊し、空に向かって上昇する。
「もう回復したと言うの!?」
瑠璃は慌てながら、魔力光線を放つ体制を取るが、二人に落下する氷塊の影が。
「一条、危ない!!」
瑠璃はアナトに手を引かれ、氷塊の落下から何とか離脱する。だが、空を見上げてもパールヴァの姿はどこにもなかった。
「……よかった。私の手で、殺めたいわけじゃなかったし」
手首を掴むアナトの腕を払うと、瑠璃は気象兵器の方を見る。
「さぁ、終わらせるわよ!」
残った魔力を吸い上げて、終わりの一撃を放つ。水蒸気を吐き出し続けたドーム状のメカは、パールヴァの守護を失い、青い魔力光線によって呆気なく吹き飛んだ。
「いやー、終わったみたいだね」
「翡翠!!」
どうやら、戦いが終わる直前で、翡翠は氷の中から抜け出していたらしい。
「すごいじゃん、瑠璃! オリジナルウィッチをやっつけるなんて」
「私一人の力じゃないわ。それに……逃げられちゃったし」
「いいんだよ、いいんだよ! 手負いとは言え、あの化け物を退かせるなんて、並みの魔女にはできないことだよ!」
「ちょ、やめて!」
翡翠に抱きしめられ、頬を寄せられた瑠璃は必死に抵抗するが、師である彼女を突き放すことはできなかった。恥ずかしくはあるが、安堵の瞬間でもある。瑠璃が思わず笑みをこぼし、これで事件は終わったと思われたが、二人を眺めていて微笑んでいたアナトが、不意に振り返る。
「どうしたの?」
動きを止めた二人に、アナトは言った。
「何か……悲鳴のような声が聞こえたような」
瑠璃には何も聞こえていなかったが、重要なことを思い出す。
「そうだ、ザクスがいない!!」




