奇跡を呼び寄せたのは
瑠璃は岩影に隠れたまま考える。ここで、自由に動き回る氷柱の攻撃が止まっている、ということは、パールヴァの魔力は残りわずかだ。おそらく、少量の魔力による一撃で、瑠璃を仕留めようとするはず。
「だったら、この岩から離れた瞬間を狙ってくるわね」
岩から瑠璃が顔を出した瞬間、魔力光線か、もしくは矢のように氷柱を放ってくるだろう。そのとき、虚を突くことができるならば……防御させずとも、自分の攻撃が当たるはずだ。
これは一か八かの賭けだった。しかし、自分の命をベットするくらい、リスクを取らなければ、オリジナルウィッチを止められるわけがない。
「ゴーラカム!!」
瑠璃は青色の球体を右側に放つと、自らは左側へ飛び出す。きっと、パールヴァは放った魔力の球体を瑠璃と認識して右側を狙うはず。その瞬間、自分が左側に飛び出して魔力光線を放てば……!!
「そんな子供だましで!!」
飛び出した瑠璃は黄金の瞳と目が合ってしまう。完全に瑠璃の狙いは読まれていたのだ。そして、魔女パールヴァの右手から放たれる氷の矢。
瑠璃の思考に生じる、一瞬の迷い。
氷の矢を狙って撃つべきか。そしたら、パールヴァに防御に回る時間を与えてしまうだろう。では、パールヴァを狙うべきか。そうなると、自分は氷の矢に刺され、無事では済まない。相打ち覚悟だったとしても、先読みされていたのだ。
パールヴァは防御の準備が万全で、撃ち抜けるとは限らない。だとしたら……。だが、そんな瑠璃の耳に声が届いた。
――そのまま撃つんだ、一条!
瑠璃の思考が一つにまとまる。それはただの直感でしかなかった。誰の声なのか、認識できたわけではない。ただの幻聴だったのかもしれない。それでも、この声に従えば、自分の道は切り開かれると、彼女は直感的に信じたのだ。
だが、氷の矢は目前まで迫っている。瑠璃の攻撃よりも先に、それは彼女を貫く。そう思われるタイミングだったが、瑠璃の目の前で氷が砕けた。
さらに、瑠璃は見る。粉々に砕け、銀色の結晶が舞い散る、その向こうで視線を逸らすパールヴァの姿を。何かに注意を逸らされたパールヴァの姿を、確かに見たのだ。
「シャルヴァ!!」
青い閃光が真っ直ぐ伸びる。迫る魔力にパールヴァは視線を戻すが、さすがに遅すぎた。
「ぎゃあっ!!」
小さな悲鳴と同時に、魔女の体を貫く青い光。崩れるパールヴァは、仰向けのまま、体の下に赤い血を広げるのだった。
「や、やった……」
動かないパールヴァを見て、足の力が完全に抜けてしまったようだ。瑠璃はその場にへたり込む。数秒だけ思考が停止したまま、パールヴァを眺めていたが、どうにか正気を取り戻して、自分の身に何が起こったのか確認するため、辺りを見回した。
「なにこれ……」
まず、目についたのは、変哲もない鉄パイプだった。だが、瑠璃を貫いていただろう氷の矢は、彼女を目の前にして、この鉄パイプによって砕かれたのだ。
「一条、大丈夫か?」
鉄パイプを眺めたまま動けずにいる瑠璃に何者かが声をかけた。
「……まさか、あんたが?」
声の方に視線を向けると、ぼんやりとした表情のアナトの姿が。彼は笑顔を見せて言うのだった。
「無事みたいでよかった」
瑠璃は言葉を失う。やっぱり、この男がやったのだ。矢のように飛ぶ氷に向かって、鉄パイプを投げ付けた。当たったことも奇跡だが、普通であれば、魔女の使った氷をこんなもので破壊できるわけがない。
だが、目の前で起こったことが事実なら、パールヴァの魔力はほとんど残されておらず、強度の低い氷しか作れなかったのだろう。奇跡に奇跡が重なっただけなのに……。
「よく撃てって言ったわよね」
その声が聞き取れなかったのか、アナトは首を傾げる。
「なんでもない。それより……」
パールヴァの状態を確かめなければ。瑠璃は立ち上がろうとするが、眩暈に襲われ、前のめりに倒れそうになる。それをアナトに支えられてしまった。
「あ、ありがとう」
「一条がコーラルを救ったんだ。むしろ、お礼を言われる方じゃないか?」
「それは……」
アナトに支えられている腕の辺りが、妙に温かく感じた。すると、今まで戦いに必死で忘れていた寒さに襲われる。パールヴァにダウンジャケットを切り裂かれ、薄着だったことを思い出してしまった。
「さ、さむ……!!」
何とか寒さに耐えようと自分の体を抱きしめたが、そこにふわりと包むような温かさが。
「これ、一条が着るといいよ」
アナトが自分のダウンジャケットを着せてくれたのだった。なぜか満足そうな笑顔を浮かべるアナトを見ると、今度は異様に体が熱く感じる。さすがは魔女戦争以前に使われていた防寒具。効果は絶大のようだ。瑠璃はアナトから目を離せずにいたが、激しく咳き込む音が聞こえてきた。
「あ、アナトさん……」
パールヴァが起き上がり、血を流しながら、こちらを見ていたのだった。




