瑠璃とパールヴァ①
雪が舞う中、瑠璃は走った。白い景色のせいか、寒さがさらに増しているように感じる。だが、暖を取っている暇はもちろんない。パールヴァの工房より、さらに北へ向かう瑠璃だったが、巨大な氷柱を見つける。そこに信じられないものがあった。
「……翡翠!」
厚い氷の中に捕らわれた師の姿だ。手足が動かないことはもちろんだが、表情も静止しているため、完全に意識を失っているように見える。瑠璃は翡翠を追いつめた魔女の技に恐怖を抱きながらも、すぐに破壊を試みた。
「シャルヴァ!」
氷くらい、粉砕できると思っていた。が、瑠璃の魔力光線は氷に突き刺さったかと思うと、魔力が四散してしまう。
「私の力をはるかに上回る魔力で生成されているから……簡単には壊せないんだ」
これを破壊にするには、魔女パールヴァが作る氷よりも、密度の高い魔力が必要となるようだ。どうすべきか、と戸惑う瑠璃だったが、足元に違和感を覚えて視線を落とす。
「この水は……」
翡翠を捕らえた巨大な氷から、水が流れ出て、瑠璃の足元を濡らしている。しかも、その勢いはちょっとした小川ほどあり、氷が急激に溶けている証拠だった。
「そうか。放っておいても出てこれるってことね」
どうやら、翡翠は氷の中で魔力による熱を放ち続けているらしい。どれくらい時間がかかるか分からないが、自分が魔女を足止めすれば、きっと彼女は駆け付けてくれるはず。
「このまま雪が降ったら、ザクスの正しくない祈りが成就してしまう。先に行っているから、頼んだわよ!」
聞こえているか分からないが、信頼の言葉を投げかけてから、北から流れるパールヴァの魔力へ向かって走る。魔女はそう離れた場所まで移動していなかった。瑠璃は黒いドレスを身にまとった、女の背中をすぐに捉えるのだった。
「あれは……なに!?」
瑠璃は、ただ魔女パールヴァの背中を見たのではない。その奥に、ドーム状のメカが大量の水蒸気を空に向かって発生させていたのだ。
「き、きたか!」
魔力の接近に気付いていたらしく、パールヴァが振り返る。どれだけの血を流したのか、口元は真っ赤だった。パールヴァは肩で息しながら、瑠璃に質問する。
「えっと……。あ、貴方、人間みたいだけど、何者、ですか?」
「私は一条瑠璃。コーラルの汚染を止めるため、正しくない祈りを止めに来た」
「な、なるほど」
パールヴァは咳き込みながら、血を吐き出した。これだけダメージを受けているのなら、戦闘になっても勝てるのではないか、と瑠璃は考えるが、魔女は言う。
「わ、悪いけど……私はザクスさんの願いを叶えるよ。それが、マユちゃんとの約束だから」
「マユ……魔女マーユリーのことを言っているの??」
「これはね、気象兵器って言うんだ。魔女戦争に使われていた、雨を降らせるメカなんだけど」
瑠璃の声が聞こえていないのか、パールヴァは自らの背後で水蒸気を吐き出すドーム状の物体について説明した。
「私の魔法と相性いいんだ。あ、雨を……雪にできるからね。何日か前に、わ、私の魔力をたっぷり溜め込んで……う、動かそうと思ったんだけど、リモコンが壊れていて。優しい、技師さんと友達になって、直してもらったから、動いているんだけど……」
なんて余計なことを。リモコンを直した技師とやらを見つけたら、一発殴ってやろうと思う瑠璃だった。
「じゃあ、それを壊せば雪は止まるのね?」
「そ、そうだけど……あ、貴方には無理だよ」
「舐められたものね。……シャルヴァ!!」
魔力光線で撃ち抜くつもりだったが、エネルギーが到達する寸前に、巨大な雪の結晶が現れ、気象兵器を守る。パールヴァは口元を流れる血を拭いながら言った。
「ここら一帯は、わ、私の工房……。これくらいの仕掛けは、そ、そこら中にある」
そうか、と瑠璃は理解する。翡翠が捕まったのも、何かしらの罠に引っかかったのかもしれない。
「魔法による仕掛けなら、それを作った人間を倒してしまえば、すべて解除される。ターゲットを変更すればいいだけの話じゃない」
「……わ、私が誰だか、分かっている?? 魔女パールヴァ、だよ? 凄い、怖い……魔女なんだからね?」
瑠璃は右手のグローブの調子を確かめてから、その手を突き出す。
「分かっているわよ。でも、コーラルが滅びるかもしれないって言うのに、黙って見てられないでしょ!!」
瑠璃は魔力光線を放つ。先程よりも、強い魔力を込め、パールヴァを撃ち抜いてやるつもりだった。しかし、当然と言うべきか、巨大な幾何学模様の魔法陣が、それを遮ってしまう。
「……だけど、あれだけ弱っているなら!!」
瑠璃はさらに魔力を込めて光線を放つが、結果は同じだった。
「なんかもう……煩わしいなぁ!!」
頭痛を訴えるように、こめかみを抑えながらパールヴァは叫ぶ。
「もういいよ! 私の邪魔するなら、殺しちゃうから!」
黄金の瞳を前に、息を飲む瑠璃だったが、さらに禍々しい魔力の波が押し寄せ、逃げ出したい気持ちを必死に抑えなければならなかった。




