魔女戦争、再び
瑠璃とザクスの戦闘が始まる、数秒前のこと。
「個体識別ナンバー、ラストナンバーズ。コードネーム、ジェイド。戦闘プログラム……起動」
魔女戦争と呼ばれる地獄を終わらせるため、賢者たちが生み出した、最強のアンドロイド、ラストナンバーズ。その一体である、ジェイドは勢いよく地を蹴った。
その先には巨大な氷塊がそびえ、コーラルを地獄に変えた魔女の一人、パールヴァが待ち受けている。一瞬で間合いを消滅させたジェイドは、魔女に向かって右の拳を突き出すが、パールヴァは消失した。
いや、はるか上空へ浮上していたようだ。ジェイドも間髪入れず、背中のスリットから推進装置を突出させ、魔力噴射によって空へ飛び立つ。
「あはははっ!! 命なんてしょうもないって思っていましたが、長生きすると良いこともあるのですね!!」
空まで追いかけてきたジェイドを煽るように笑うと、パールヴァの背後に巨大な氷の結晶を複数出現させた。精密な幾何学のレースに見える結晶たちは、魔方陣が並ぶようにも見える。
「ラストナンバーズどもに復讐するチャンスがくるなんて、思いもしませんでした!!」
パールヴァが合図を出すように手を振ると、氷の結晶たちから無数の氷柱が矢のように飛び出した。それは不規則な軌道を描きながら、ジェイドを包囲すると、四方八方から彼女を貫こうと加速する。
「確かに、あの戦争で数々の憎しみが生まれた。しかし、その感情を整理できていない人間は、お前だけだぞ。パールヴァ」
完全に包囲されたかと思われたジェイドだが、その手を小型の銃と思われる形状に変化させると、翡翠色の光線を放つ。その輝きは彼女を囲む氷柱をなぞるように線を描くと、すべてをかき消してしまった。
それは魔女戦争の再現だった。
神に等しい魔女と魔女の戦いによって、コーラルの空は今にも裂け、大地は割れてしまいそうだ。そんな中、二人の視線が交錯する。
「うるせえですよ、機械女。潰れろ!!」
ジェイドの頭上に、巨大な氷塊が迫っていた。光線で破壊することも可能だろうが、ジェイドは推進装置から魔力を噴射させ、その場から離脱することを選ぶ。だが、その先にパールヴァが回り込んでいた。
「ヒミーカーラナム!」
パールヴァの手の平から白い光が放たれる。だが、それはジェイドが放つ光線と違い、歪な軌道を描きながら進む。単純な破壊とは異なる、不気味な危険を宿らせる光のようだ。それから逃れようと加速するジェイドだが、パールヴァの背後にあったはずの巨大な結晶が行き先を阻むように浮遊していた。
巨大結晶から放たれた無数の氷柱。それは、もはやミサイルのようだったが、ジェイドは光線を放ってすべて消失させる。
「……捕まった?」
氷柱を焼き払ったジェイドだが、彼女の脚部にパールヴァが手の平から放った白い光が絡まる。それは瞬時に氷へ変化して、ジェイドの動きを止めたかと思うと、彼女を押しつぶしてしまいそうな巨大な氷柱が二つ、挟みこむように左右から突進してきた。
だが、ジェイドは足を凍り付かせた氷を光線で焼き払うと、素早くその場から離脱する。二つの巨大氷柱はぶつかり合い、粉々に砕けたようだったが、欠片の一つ一つが意思を持ったように動き出した。
「その程度で、私を捉えられると思うな!」
砕けた氷の欠片たちが、自動追跡ミサイルのようにジェイドを追うが、彼女のスピードに追い付くことはない。パールヴァは彼女の動きを止めるため、さらに氷柱を追加する。さまざまな角度から氷のミサイルがジェイドを襲うが、隙間を縫うようにして彼女は空を駆け抜け、反撃の光線を放つ。
「やってくれるな、ジェイド!!」
分厚い氷で光線を受け止めるパールヴァだが、翡翠色の光線はそれを少しずつ溶かしていく。ついに貫通し、的確にパールヴァの顔面を消滅させると思われたが、彼女も空中で加速して離脱していた。
「これなら、どうだ!!」
パールヴァは空一面に巨大な氷の結晶を数えきれないほど発生させると、そこから氷柱のミサイルを次々と繰り出し、空を埋め尽くす。その圧倒的な数は、ジェイドに回避する場を与えない。
だから、彼女は空中に停止して、右腕をゆっくりと構えた。銃身が輝き、これまでのように、翡翠色のエネルギーが真っ直ぐと伸びるかと思われたが、光がジェイドを起点に扇状に広がると、無数の氷柱すらも消滅させてしまった。
パールヴァの攻撃は、何一つジェイドには届かないと思われたが……。
「ぶっ壊れろ!!」
声は真上。氷柱を囮にして、ジェイドの上方へパールヴァは移動していたのだ。視線を上げたジェイドに、手の平を突き出すパールヴァ。
「サティヤ・シャルヴァ!!」
そこから発射された強烈な光によって、空と海がつながる。それだけ巨大な魔力光線が、ジェイドの小さな体を飲み込んだのだ。荒れる海の上に、パールヴァは一人。周囲には、揺れる波の音だけとなった。
「……やった! やったよ、みんな! ラストナンバーズを破壊してやったんだ!!」
舞い上がった水しぶきが落ちる中、両手を上げて、長きに渡る宿命を乗り越えたと、喜びを露わにするパールヴァだったが、わずかに空気の流れが変わった、と気付く。
「遅いぞ、魔女めが!!」
振り返ると、そこにジェイドの姿が。そして、突き出された拳を腹部に受ける。その威力によって彼女の体は吹き飛ばされると、長い髪が尾を引いて、コーラルの空に白線が描かれた。
海の上から大地に投げ出され、何度も岩にぶつかってから、パールヴァの体がやっと止まる。体を起こそうと、手を地面に付くパールヴァだったが、小さく呻いた後、激しく咳き込んだ。
さらに、嘔吐の感覚に口を開けると、潰れた内臓が吐き出され、その手を赤く塗らす。回復までに時間がかかりそうだ。そう思うと忌々しい気持ちが溢れてくる。
「くそ、あのメカ女……!!」
ぺっ、と血をもう一度吐き出してから顔を上げると、そこには無慈悲な兵器の姿が。
「ここまでだ、魔女パールヴァ。ノモスとの接続を断ち切れば、命までは奪わんでもないぞ」
絶体絶命。魔女戦争の再現は、ラストナンバーズの勝利と思われた。しかし……。
「……ジェイド。お前は魔女の工房というものが何たるか、分かっていないようだな!」
パールヴァが歪んだ笑みを浮かべると同時に、ジェイドの足元に白い光が。それは美しい円を描く、魔方陣だった。
「ヒミーカーラナム!」
パールヴァの声に反応し、光が激しさを増す。ジェイドは素早く離脱を試みたが、少しだけ遅かった。光は彼女を飲み込んだかと思うと、瞬時に氷となって、すべてを静止させてしまう。
「ふはっ! 今度こそ、やった……!!」
笑顔を広げながら、またも大量に吐血するパールヴァ。そんな彼女の前には、巨大な氷の柱が天に伸びていた。そして、その中心にはラストナンバーズ、ジェイドの姿が。
「工房というものは、建物を指すわけじゃあないんだよ、メカ女。その周辺に張り巡らせた、魔法の仕掛けも含めて工房なのさ!」
ラストナンバーズを捕らえた、巨大な氷の柱を崇めるように、両手を広げるパールヴァだったが、突如襲われた痛みに体を丸めて咳き込んでしまう。
「う、運が良かった。支援ドロンを使われていたか、別の場所で戦っていたら、し、死んでいたかも」
パールヴァはジェイドを睨み付けるが、それ以上の攻撃は諦めたようだった。
「お、惜しいけど……マユちゃんとの約束を守らないと。お、怒られちゃう」
宿敵に背を向け、パールヴァが歩き出すと、ゆっくりと雪が舞い始めるのだった。




