その一言を伝えるために①
これまで経験したことのない高濃度の魔力が、波のように瑠璃を襲う。まるで深い霧の中のようだが、少しでも魔力を吸い込めば、吐き気を催しそうだった。
「ひゃー! あいつ、いきなり本気だよ!」
しかし、隣の翡翠は普段と変わらない様子だ。彼女は試すような笑みを浮かべながら瑠璃を見る。
「どうする? 瑠璃ちゃんが相手する? 私があのザクスってアンドロイドの相手でもいいよ?」
「馬鹿言わないでよ! あんた、弟子に死ねって言うの?」
「こういうときだけ、都合よく弟子って言うんだから」
呆れたように目を細める翡翠だが、普段通りの笑顔を見せると、近くまで買い物に出かけるような足取りで魔女パールヴァの方へ向かう。
その小さな背中で、伝説の魔女に立ち向かうのだと思うと、瑠璃は自然と彼女を呼び止めてしまった。
「翡翠……死なないでよね」
「だーれに言ってんの? すぐにボコしてくるから、瑠璃の方こそ抜かるんじゃねえぞ?」
笑みを交わし合うと、翡翠は再びパールヴァの方を見て、その瞳に青い炎を灯す。
「個体識別ナンバー、ラストナンバーズ。コードネーム、ジェイド。戦闘プログラム……起動」
キィィィン、と耳鳴りのような音に瑠璃が目を細めると、次の瞬間には翡翠の姿はない。そして、遠方で緑と白の光が交錯するのだった。
「さてと」
瑠璃は気を取り直して、氷の樹木の上に立ったままのザクスを見る。
「最後の警告よ。降伏して。今なら軽い罪で済むはずだから。もしかしたら、ウッタラの村にだって帰れるかもしれないわよ」
もし、祈りが成就したとしても、汚染犯として一生を過ごさなければならない。だとしたら、数年ほど罪を償い、魔力核を失った後に自由を得た方が、幸福な生活は送れるはず。それなのに、ザクスは首を横に振った。
「私の帰る場所はウッタラではありません。彼女がいる場所です。それに彼女の願いを叶えるためなら、汚染犯と呼ばれるくらい……!!」
「雪を見るだけで、自分の人生を犠牲にできるの??」
「これが私の人生なのです。彼女がいなければ、私はただの機械だ。彼女が傍にいる間は、後悔なく生きていたい!」
もう言葉は届くまい。瑠璃は右手をザクスに向かって構えた。彼も戦いは避けられないと判断したのか、ずっと大事そうに抱えていた銀色の球体を足元に置き、瑠璃を見つめて、わずかに目を細めた。
「個体識別ナンバー、2-2643。コードネーム、ザクス。戦闘プログラム、起動」
戦闘プログラムが起動する直前に、瑠璃は魔力光線を放っていたが、既にザクスは氷塊の上から姿を消している。かと思えば、瑠璃の右後方へ姿を現していた。
(速い!? だけど、あのチンチクリンに比べれば!!)
動きが見えないわけではない。振り向きざまに、魔力光線を放つがザクスは必要最低限に体を捻って回避すると、右手を銃の形状に変形させる。
「まずい!」
身を屈めると、視界の隅に光が通過し、瑠璃の長い髪から焦げた匂いが香った。低い姿勢のまま
移動し、魔力光線を連射するが、どれもザクスを捉えることはない。
このまま、魔力の撃ち合いになると思われたが、ザクスは回避行動を取りながら距離を詰めてきた。
(身体能力はアンドロイドの方が圧倒的に有利……。接近戦で決めるつもりね!?)
瑠璃の予想通り、ザクスは魔力を溜める時間を与えてくれない距離まで踏み込み、右の拳を突き出してきた。が、瑠璃は身を反らして躱し、直後に膝を突き上げ、ザクスの腹部を叩く。パチンッ、とライブスキンが悲鳴を上げるような音が聞こえたが……。
(ダメだ。魔力を込める時間があれば、今ので決まっていたのに!!)
続けて、ザクスは拳を振り回すようにして、頭を狙ってきたが、瑠璃はそれを潜り抜けるようにして躱す。さらに、低い姿勢のまま横に回り込み、ザクスのボディに拳を叩き込んだ。
(やった!)
今度は魔力を込めた一撃である。バキッ、という音はライブスキンの奥、彼のボディにダメージを与えた証拠だ。それでも、アンドロイドは痛みをカットできる。すぐさま高速の回し蹴りを返してきた。だが、それも計算通りだ。瑠璃は後方に飛び退きつつ、右手を構える。
「もらった! シャルヴァ!!」
青い光線が真っ直ぐ伸びて、ザクスを貫いた。と思われたが……。
「ウソでしょ!?」
瑠璃は驚きの光景を見る。魔力光線に貫かれる直前、ザクスを抱きしめるようにして、その軌道から押し出した人物がいたのだ。
「……ミラージュ!」
黒髪のアンドロイド、ミラージュがザクスを庇ったのである。二人はもつれるように倒れ込み、額と額が合わさる距離で見つめ合った。
「ど、どうしてここに??」
「ざ、ざ、ザク……す」
「どうした? 酷いダメージを受けているじゃないか!?」
ザクスも知らなかったようだ。ミラージュがボディを消耗させながら、自分を追っているなんて。壊れてしまいそうなミラージュをザクスが抱きかかえると、彼女は不具合が出ている状態で音声を発する。
「あ、あ、あ……い、して、る」
途切れ途切れの言葉に、ザクスは目を見開く。なぜ彼女がここまでやってきたのか。それを理解したようだった。




