パールヴァ、顕現
「よし、撃破! そっちは!?」
氷鳥を魔力光線で撃ち抜き、瑠璃は振り返った。
「もちろん、粉々だよん」
どうやら、相棒の方も煩わしい鳥を破壊したところだったらしい。いつもなら、どっちが速かったとアピールが始まるところだが、そんな暇はない。
「アナトくんが落ちた崖は……!」
瑠璃は崩れた崖の方へ駆けようとしたが、翡翠がそれを止める。
「なに??」
「冷静に、だよ。アナトくんなら大丈夫。落ちた後に、下の方で魔力反応があったから、誰かが彼を助けたと思う」
あの強力な使い魔と戦いながら、崖の底まで意識を伸ばしていたとは。さすがは翡翠だと感じずにはいられなかった。ただ、瑠璃の焦りが収まるわけではない。
「誰かって誰よ!」
それは、聞かなくても分かっているつもりだが、言わずにはいられなかった。ただ、翡翠はそんな瑠璃の問いかけに、答える。いつになく真剣な表情で、粉々になった工房の方に指先を向けるのだった。
「……本当にいるのね、オリジナルウィッチが」
二人は慎重に瓦礫の山へ近付く。翡翠が視線で合図すると、瓦礫の隙間に巨大な穴が隠れていた。瑠璃がその穴を覗き込んだ瞬間、ゾッとするような温い風に撫でられる。
いや、違う。
風など吹いていない。
嫌な魔力の波に撫でられたのだ。
「瑠璃、下がろう」
翡翠に言われ、大人しく下がると、穴の奥から浮き上がる膨大な魔力が感じられた。思わず生唾を呑みながら、右腕に装着したグローブに触れる。この敵に立ち向かうのなら、出し惜しみしていられない、と。しかし、隣の翡翠に制止された。
「大丈夫。その機会は必ず訪れるから」
心強い師の言葉に頷くと、瓦礫の下から何かがせり上がった。氷だ。巨大な氷柱が急激に成長する樹木のように、穴の下から伸びたのである。そして、その先端にある二つの影。一方は黒いドレスを身にまとう女。もう一人は銀髪の男だ。
「あ、あの……どちら様、でしょうか?」
黒い女が口を開くが……彼女がオリジナルウィッチに間違いなかった。圧倒的な存在感に、瑠璃は震え出しそうになるが、何とか恐怖を抑え込む。
「……私は一条瑠璃。正しくない祈りを止めるために、貴方を追ってきたわ」
銀髪の男、ザクスの方を見ると、彼はなぜか頭を下げた。
「お手数をおかけしたようで、申し訳ございません。でも、私は雪を見たいだけなんです。どうか見逃していただけないでしょうか」
「そのせいで大地の汚染が広がるかもしれないのよ? 見逃せるわけがないじゃない!」
「しかし、雪を見たいという願いの何が悪いのですか? 私はただ幸せだった、あの瞬間に戻りたいだけなんです!」
「このまま寒くなったら、畑に影響が出て、収穫量が減ってしまうようなことがあれば、餓死する人だって出てくるわ。貴方の夢に全員が付き合っていられるほど、コーラルは裕福じゃないのよ!」
瑠璃の指摘にザクスが言い淀むが、それを見た魔女が遠慮がちに手を挙げた。
「あ、あの……。そもそもコーラルの大地が、ここまでやせ細ったのは、人間のせいなんです。だから、人間が滅びればいいと思いませんか?」
「……はぁ?」
「だって、そうでしょう。だ、大地が汚染される原因は、祈りがどうとか言う前に、人間やアンドロイドの生活が影響しているんだから。こ、コーラルのことを本当に思うなら、全員死んだ方がいい」
「そんな極端な……」
「わ、私! 教えてもらったんです。コーラル全体が寒冷化すれば、作物は育たなくなって人もアンドロイドも滅びる。そのあとで自然はゆっくり回復すれば、もとの豊かなコーラルが戻ってくるんだって」
誰がそんな余計なことを。瑠璃は心の中で呟きながら、オリジナルウィッチを敵に回す、という事態に迷いを抱かずにいられなかった。だが、彼女の横には伝説の魔女であろうが、恐れない師がいる。
「相変わらず人間が怖いのかよ、対人恐怖症の魔女が!」
そんな野次に、魔女は眉を寄せながら、前のめりになって、声の主を凝視する。
「あれ? あれあれあれ??」
その緑色の髪に見覚えがあったのか、先程までの怯えるような魔女の態度に変化があった。
「もしかして、貴方は!!」
その感情は歓喜だろうか。異様な高揚感を放つように、魔女は両手を広げた。
「貴方はジェイド! ラストナンバーズのジェイドではないですか!!」
本来の名前を呼ばれても、表情を変えない翡翠に、魔女は挑発的に言う。
「また会えて、嬉しいですよ! 本当に嬉しい。だって、あのときの仕返しができるんだから!! ええ、ぜぇーったいにぶっ殺してやらないと!」
瑠璃は横目で翡翠に「あんた、何やらかしたわけ?」と問いかけるが、返事はない。
「何年ぶりでしょう。魔女の姿を人前に晒すのは! でも、いいですよね。憎きあの女が! 目の前にいるのだから!!」
魔女の目がぎょろりと動いたかと思うと、その色が黒から黄金色に変化する。そして、彼女は唱えた。
『システム"タイプ・ノモス”、アクセス開始。チャクラ解放。デヴィヤーヴィルバーヴァハ……パールヴァ!!』
魔女の黒髪が、一瞬で白く染まる。そして、禍々しい魔力が周囲に放たれるのだった。




